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原発再稼動と世論


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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 「世論調査で不十分なら、イタリアやスウェーデンのように原発の是非を国民投票にかければよい」との反論もあるかもしれない。しかし、考えて見てほしい。国民投票で国策を決めるのであれば、国民の負託を受けた選良が様々な問題を様々な視点から討議し、方向性を決定するという代議制民主主義などいらなくなってしまう。英国の歴史家アクトンは「国民投票は、決定を審議から切り離し、重要な手段を立法府から国民全体の投票に委ねることであり、代議制原則を覆すものである(A referendum overrules the representative principle as it carries important measures away from the legislature to submit them to the vote of the entire people, separating decision from deliberation)」と喝破している。

 しかも、マクシェーンが指摘するように世論調査、国民投票では、しばしば合理的思考ではなく、感情が結果を左右する。彼は「自分の議論を人々に信じさせるためには、自分自身が自説を強固に信じ込まねばならない。欧州問題について、最も確信に満ちているのはEU離脱を至高の目的とした人々である。EU残留派の『EUには色々問題点はあるが、総合的に考慮すればEUに残った方が得策だ』という議論は人々の心に響かない」と言っている。これを日本に置き換えれば「原子力問題について、最も確信に満ちているのは、原子力の危険性を理由に脱原発を至高の目的とした人々だ」ということになる。「原子力はリスクゼロではないが、最大限の安全性を確保している。日本の置かれた経済・エネルギー情勢や温暖化問題を理由に原子力オプションは必要だ」と説かれるよりも、「原子力は危険だ。事故があったらお終いだ。そうした心配をしなくて良いように、脱原発すべきだ」と主張する方が遥かに単純かつ人々の感情に訴えやすい。しかも英国でEU、欧州に関するネガティブ情報がメディアに溢れかえっているように、日本の一部メディアやネットの世界では、「美味しんぼ」の鼻血騒動に代表されるように、原子力の危険性を扇動するような情報が溢れかえっている。

 このような状況下で、原発再稼動に関する世論が一朝一夕で変わることは難しいだろう。幸いなことにEU国民投票を決めてしまった英国と異なり、日本では原発再稼動の是非、あるいは原発そのものの是非が国民投票に委ねられてはいない。しかし世論におもねり、原発全停止状態を放置しておくようでは、事実上、世論調査が国民投票の役割を担っているようなものだ。再稼動を支持する世論が多数派になるまで、原発全停止が続き、日本経済、エネルギー安全保障、温室効果ガス排出にネガティブな影響を与え続ける状況を放置しておいて良いのだろうか?私の答は「否」である。世論は結果責任を負わないからだ。原発再稼動に限らず、安保法制、TPP。消費税、社会保障等、国益と世論に乖離がある政策は多々ある。その時々の世論に不人気ではあっても、国家百年の計のために必要な政策を打っていくことこそが、選挙で国民の付託をうけた政治の責任ではないだろうか。「偉大なこと、合理的なことを成し遂げるための第一条件は、世論から独立していることだ(To be independent of public opinion is the first formal condition of achieving anything great or rational)」というドイツの哲学者ヘーゲルの言葉を今こそ思い出したい。

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