私的京都議定書始末記(その19)

-COP14(ポズナン)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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AWG-KPの首席交渉官に

 アクラのAWGが終わると、12月1-12日にポーランドのポズナンで開催されるCOP14まであとわずかであった。ある日、岡本地球環境対策室補佐が「相談がある」と私の部屋にやってきた。COP13以後、AWG-LCA、AWG-KPの2トラックで交渉が行われてきたことは既に書いたとおりであり、私はそれまでAWG-LCAを担当してきたが、COP14からAWG-KPを担当してもらえないかという。AWG-LCAは米国、中国も含む全ての主要排出国が参加する枠組みを交渉する新たな場であり、否が応でも関心が高かった。これに対し、京都議定書第2約束期間における先進国の目標値のみを議論する場であり、AWG-LCAに比して関心が低かった。交渉体制においてもAWG-LCAには外務省、環境省、経産省交渉団の幹部クラスが参加しているのに対し、AWG-KPについては岡本補佐と環境省の川又補佐が参加していた。他方、EUではルンゲメツカー局長が首席交渉官を務める等、他国はハイレベルの交渉官を送り込んできており、日本も体制を強化する必要がある、ついてはAWG-KPの首席交渉官になってくれないか、というのである。

 「また京都議定書か」と思ったし、新たな枠組みを議論するAWG-LCAの議論の方がどう考えても面白そうであったが、結局、首席交渉官を引き受けることとなった。AWG-KPは「締約国会合は第1約束期間終了の少なくとも7年前に附属書Ⅰ国の次期約束期間のコミットメントの検討を開始する」という京都議定書第3条第9項に基づいて設置された場であり、この場でAWG-LCAの交渉をプレジャッジするような結論が出されると、今後の交渉に大きな禍根を残す可能性があったからだ。AWG-LCAでは米国、EUを含め、先進国はほぼ共闘路線をとっていたのに対し、AWG-KPには米国はおらず、EUとは90年基準、目標値のレベル等、多くの面で意見が対立しており、日本が共闘路線をとれる国は少ない。「これは先行き大変だな」と思った。結局、AWG-KPにはポズナンから数えて12回出席することになる。AWG-KPがどんな場であるかは、また回を改めて追々紹介することとしたいが、「自分を忍耐力を養うのに非常に良い訓練となる」とだけ言っておこう。

ポズナン

 COP14の開催地ポズナンはポーランド西部にある同国最古の町の一つである。12月のポーランドは寒く、時折、雪も降っていた。宿舎は会議会場から外れたところにあり、毎日バスで会場まで通うこととなったが、ポズナンの旧市街には歩いて15分ほどで行けた。旧市街の中に日本食レストランがあり、代表団は大喜びだった。2週間に及ぶ交渉であり、食事で英気を養うことも大事なことだ。

COP14が開催されたポズナン国際見本市会場

 COP14はもともと「ストックテーキングCOP」と言われており、AWG-LCAでは、共有のビジョン、緩和、適応、技術、資金について各国がこれまでに主張、提案してきたことを議長がとりまとめたペーパーが提示された。文字通りのストックテーキングである。議長に対しては、2009年のCOP15で合意を得るべく、次回会合(2009年3-4月)に主要論点を整理した文書を作成し、薗次の6月会合までに交渉テキストを作成することが求められた。本格的な交渉は2009年からということである。

 私の方はというと今回からAWG-KP担当である。AWG-KPの議長はノルウェーのハロルド・ドブランド氏であり、かつて2000-2001年に気候変動交渉に参加していた時のSBSTA議長であった人だ。彼のところにいって「久しぶり」と挨拶すると顔を覚えていてくれた(ようだ)。AWG-LCAではバックベンチャーのことも多かったが、今回からはJapan の名札の席に座って発言をせねばならない。何となく孤立した前線部隊に送り込まれた指揮官のような気がした。

AWG-KPの議論

 AWG-LCAと違って、AWG-KPについては、ストックテーキングというわけにはいかなかった。初日のオープニングプレナリーから途上国全体の交渉グループであるG77+中国は「AWG-KPは2006年6月に設置されて以来、8回の会合を重ねているにもかかわらず、先進国の次期目標について進展がない」と強い不満を表明し、G77+中国に属する島嶼国連合(AOSIS)は少なくともCOP14の場で第2約束期間における附属書Ⅰ国全体の削減幅を確立し、次回交渉以降、その全体の削減幅を一定の基準に従い、各国に配分すべきであると主張した。

ドブランドAWG-KP議長(左から3人目)

 これは我々にとって受け入れ難い議論だった。そもそもAWG-LCAの議論はストックテーキング段階であり、新たな枠組みの中で先進国、途上国がどのように温室効果ガス削減に取り組んでいくのか、その中で京都議定書第2約束期間がどのような位置づけになるのかが全く固まっていない。そのような状況下でAWG-KPで先進国の削減幅を先に決めてしまうことは、まさしく「交渉のプレジャッジ」になる。しかも、米国が参加していないAWG-KPの場で米国も含めた附属書Ⅰ国全体の数字を決めるなどナンセンスであろう。

 途上国側が先進国の削減幅として言及するのはIPCC第4次評価報告書に出てくる「2020年までに90年比25-40%削減」という数字である。IPCC第4次評価報告書のうち第3作業部会報告書には、産業革命以降の温度上昇の幅に応じて6つのカテゴリーを提示し、それぞれについて温室効果ガス濃度、温室効果ガスのピークアウトのタイミング、2050年までに地球全体での必要削減量を提示している。この中で産業革命以降の温度上昇を最も低く抑えるシナリオはカテゴリーⅠになる。



 これが「先進国25-40%削減」という主張の根拠であるが、これで決め打ちするには種々の問題がある。第1にカテゴリーⅠ、カテゴリーAの研究例は少なく(カテゴリーⅠに該当するのは177本中6本に過ぎない)、特定の研究者に集中している。第2にカテゴリーAの先進国の排出削減幅については、先進国と途上国の一人当たり排出量を将来的に等しくするとの前提で計算されているが、これはあくまで負担分担の一つの方法に過ぎない。第3に囲み記事脚注(下線部)にあるように、このシナリオは政治的フィージビリティ、経済的コストを考慮したものではない。そして第4にこれはIPCCの勧告ではないということである。にもかかわらず、この「先進国90年比25-40%減」という数字はその後、色々な局面で交渉を呪縛することになる。