原発再稼動は経済的にマイナス?


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 言論アリーナ「アゴラ」に池田信夫氏が、川口マーン恵美氏の「ドイツの脱原発がわかる本:日本が見習ってはいけない」の書評が出た。

http://agora-web.jp/archives/1641822.html

 脱原発を選んだドイツに対する一部マスメディアのナイーブともいえる礼賛論には辟易していたこともあり、「昔陸軍、今反原発派。ドイツを見習え、バスに乗り遅れるな、という点で同じ」とコメントしたところ、ネット上で反論をいただき、何度かコメントのやり取りをするうちに、原発再稼動の適否に関する議論に発展した(具体的なやり取りは上記のサイトでご覧いただける)。

 ちなみに反論された方々はいずれも、温室効果ガス削減が必要という立場に立っておられる(温暖化なんか問題ないという意見であれば、わざわざ原発の再稼動などせずとも、安価で豊富な石炭を使えばよいと言う結論になり、そもそも議論がかみ合わない)。やり取りの中で、私が「原発全停止による化石燃料輸入増による国富流出、エネルギーコストの上昇、対外依存度の上昇によるエネルギーセキュリティ上の問題、温室効果ガス上昇という問題に対処するために、安全性の確認された原発の再稼動は最も費用対効果の高い手段」と述べたところ、以下のような反論をいただいた。

1.
原発全停止によって、年間3.7兆円の国富が流出している俗説があるが、これは誤りで、実際には7-8000億円の増加。http://oceangreen.jp/kaisetsu-shuu/Boueki-Akaji.html つまり3.7兆円の燃料費の増加は確かに認められるものの、増加分の大部分は、円安と燃料価格の高騰によるもの。現在は原油価格、LNG価格ともに大幅に下落しているので原発停止による燃料費の増加は、わずかなもの。
2.
再稼働は無償で出来るわけではない。安全対策費は膨大であり、核廃棄物の最終処分や廃炉のコストも、十分に確保されているとは言えない。安全対策費を考えると原発再稼動による経済効果は現時点ではゼロまたはマイナス。

 この反論の興味深いところは、「原発は危険な技術なのだからやめるべきだ」というドグマチックなものとは一味違って、「経済面で考えても再稼動はメリットがない、むしろマイナスである」と論じているところである。立命館大学の大島堅一教授も「石油などの輸入費が高いのは、アベノミクスによる円安の影響。そろそろ限界に近いだろうし、原油価格は下落傾向にある。安価なLNGの発電比率を増やすことも可能なはずだ」と主張している。

http://blog.livedoor.jp/fmv2103/archives/44094174.html

 しかしこれらの議論には多くの点で疑問がある。

 「化石燃料輸入額増大のうち数量要因はごく一部」ということだが、だから何だと言うのだろう。確かに現在の貿易赤字の原因を全て原発全停止による燃料費の増分に帰するのは間違っている。円安によっても輸出が伸びない構造的要因も大きいだろう。しかし、3.7兆円が原発全停止による化石燃料輸入増加によって生じたことはまぎれもない事実である。それを数量要因、価格要因(更には為替要因、燃料価格要因)に分解して、数量面の貢献分はそのごく一部であると論ずるのは論理のすり替えだ。そもそも全停止がなければ化石燃料の輸入増は不要だったのであり、負担しなくても良いコストであった。むしろアベノミクスにより円安が進み、化石燃料価格も上昇しており、化石燃料輸入国にとって不利な材料がある中でも電力安定供給のために輸入せざるを得なかったという事実を重視すべきである。

 「石油価格も低下しているのだから、再稼動によって節約できる費用はわずかである」という議論も理解に苦しむ。天然ガスの輸入量は2010年度の7000万トンから2013年度には8700万トンに約25%増大した。再稼動によってその増分を少しでも減らすことができれば、化石燃料価格が低下しているとしても、経済的メリットが発生することは自明である。「再稼動で貿易赤字が解消する」というのは間違っているが、価格低下により節約額が目減りしたからといって、貿易赤字を構成している諸要因を緩和できるオプションを放棄せよということなのだろうか?しかもこの議論の決定的な落とし穴は化石燃料価格の低下を所与のものとしていることだ。昨年から生じた原油価格の低下が今後も続くと誰が保証できるのだろう。既に原油価格低下に底打ち感も出てきている。また中東を含め、日本への石油供給ルートでクライシスが生じないと誰が保証できるのだろう。日本の天然ガス輸入価格は原油価格とリンクしており、原油価格が上昇すれば間違いなく天然ガス輸入価格も上昇することになる。「再稼動で節約できる費用はわずかだ」という議論は、化石燃料の輸入増が国富流出のみならず、エネルギーセキュリティ上の問題でもあることを矮小化している。