米国のCCSプロジェクト(2)~CCS商用化・普及に向けた課題、取り組み


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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(前回は、「米国のCCSプロジェクト(1)~技術の概要」をご覧ください)

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書第3作業部会の報告書によると、産業革命前 に比べて世界の気温上昇を2℃未満に抑えるためには、温室効果ガスの大気濃度を約450ppmに抑え、再生可能エネルギー、原子力発電、CCS付き火力発電等からのエネルギー供給の割合を、2050年までに2010年の3~4倍近くに増加させる必要があるという。報告書ではいくつかのモデルで予測しており、そのほとんどはCO2を回収貯蔵する技術、CCS(Carbon Capture and Storage)がなければ、2100年までに450ppmに抑えることは難しいことを指摘している。気候変動対策における世界のCCS開発への期待は高く、この分野において世界をリードしていこうと米国は山積する課題に積極的に取り組んできた。

 2010年2月、オバマ大統領の勅命によりエネルギー省(DOE)と環境保護庁(EPA)を共同議長とし、14の省と連邦機関から成る「CCSに関わる省庁間タスクフォース(Interagency Task Force on Carbon Capture and Storage)」が設立された。タスクフォースは、 10年以内に CCS の広範囲なコスト効果の高い普及の障害を克服し、2016 年までに5~10の一連の商業的実証プロジェクトを実施することを目標に掲げた。オバマ政権は10年8月、3年間で2130万ドルを投じ、12州15カ所でCO2を地下に隔離可能かどうか調査するプロジェクトを実施すると発表した。

 同年10月には、「CCSに関わる省庁間タスクフォース」は以下を含む、広範な内容の報告書を発表している。

(1)
米国および地球規模での気候変動政策におけるCCSの役割とスケール
(2)
CCS技術の現状(CO2捕捉・輸送・貯蔵の3段階について、コスト、エネルギーロスなども含む)
(3)
CCSの普及と商用化に向けた障壁と懸念
(4)
それぞれの課題への対応オプション
(5)
政策への提言

 (3)のCCSの普及と商用化に向けた障壁と懸念については、「市場の失敗への対応」の他、「CO2の安全で確実な貯留が可能だという一般認識を醸成できるようなCCSプロジェクトに関わる法的枠組み」をつくる必要性や、「情報公開、教育・啓蒙」などについても触れている。また「CO2貯留に関わる長期の法的責任」についても指摘しているが、この問題は、特に民間事業者からは、CCSプロジェクトの商用化・普及における大きな障害として認識されている。CO2貯留に関わる長期の法的責任への解決策として、タスクフォース報告書では、以下の4つのオプションをエネルギー省、法務省、財務省に対して提案している。

(1)
CO2貯留に関わる長期の法的責任および監視について、既存の法的枠組みの活用
(2)
賠償請求に関わる実質的あるいは手続き的な制限(法的責任に関して連邦レベルで標準を定める、または賠償責任の上限を定める)
(3)
長期の監視活動、CO2貯留施設の閉鎖後に生じた被害や損失への賠償を支援するためのファンドの創設(例:メキシコ湾での原油流出に際して話題になった原油流出責任基金など)
(4)
CO2貯留施設閉鎖に伴う連邦政府への法的責任への移行

 さらに今後派生してくる長期リスクに対応できる保険の不在、これに伴うプロジェクト・ファイナンスに対する民間金融の融資制約、一つのCO2貯留施設を共用することに伴う利用者の連帯責任といった課題もあり、それぞれの解決策が求められている。

CCSの周辺環境への影響

 CCSが周辺環境に及ぼす影響も懸念材料のひとつであり、リスク対応への取り組みが行われてきた。環境保護庁(EPA)は、CO2注入に伴う周辺土壌からの鉛、ヒ素の溶出、塩基による地下水汚染のリスクへの対応として、「安全飲料水法(Safe Drinking Water Act)」のもと、CCSのオーナーおよびオペレーターに対して以下の提案を出している。

(1)
飲料水源に悪影響が出た場合に対処できるだけのリソース(人材、技術など)が確保されていることを立証・維持すること
(2)
少なくとも毎年、経済的責任に関し、算定費用のレビューと調整を行うこと
(3)
CO2注入終了以降50年間、あるいはEPAの地域管理者に対してCCSが飲料水に対して危険を呈していないことを立証できるまでの間モニタリングを継続すること
(4)
施設の閉鎖許可後においても、予測されていなかったCO2の移動があった場合には責任を有すること

 上記の提案では、事業者が長期にわたり責任やコストを負担し続けることが課題として残る。一方、EPAはCCS普及を後押しもしており、2013年12月19日、資源保全再利用法(RCRA: Resource Conservation and Recovery Act)の有害廃棄物管理規則を改定する最終規則を発表し、火力発電所や工業プラントから回収され、CCS用の井戸に圧入される CO2は、人間の健康や環境に著しいリスクを及ぼすものではないとして、RCRA の規定する危険廃棄物から条件付きで除外している。

CCSのデータベース化

 米国ではCO2の地中貯留のポテンシャルを示すGIS(Geographic Information System=地理情報システム)のデータベースやツールを構築している。貯留地点の探査、CO2の発生源、特性評価などの貯留可能量の調査などのデータなど、米国国立エネルギー技術研究所(NETL)のデータベースのバージョン5が公開されている。現在、2014年11月時点の世界の274件のCCSプロジェクトが登録されており、(内訳:炭素回収69件、炭素貯留60件、炭素回収・貯留145件)計画・開発段階のものもあるが、128件のプロジェクトがCO2圧入を行うなどCCS設備が稼働中である。

貯留地点評価データベース

出典:The National Carbon Sequestration Database and Geographic Information System(NATCARB)
貯留地点評価データベース

NETLのデータベース

公開されたNETLのデータベース・バージョン5はグーグルアースでダウンロードできる。
http://www.netl.doe.gov/research/coal/carbon-storage/strategic-program-support/database

石炭火力の新設がなければCCSの技術的進展もない?

 2013年9月20日の環境保護庁(EPA)による新設発電所のパフォーマンス基準の新提案で、各発電所におけるCO2排出量が制限され、CCS無しの新設の石炭火力発電所を事実上禁止することになり、共和党や石炭州の選挙区とする民主党の一部で同基準に疑問や反対の声が出ている。

 同年10月29日、下院科学・宇宙・技術委員会と同委員会下のエネルギー・環境料小委員会が、「フルスケールの商用発電設備でのCO2排出抑制に対するCCS技術の現状」について合同ヒアリングを行っている。合同ヒアリングで証言に立ったウェスト・バージニア大学の石油・エネルギー・ナショナル・リサーチセンターのバジュラ・ディレクターは、「石炭火力の新設がない限り、CCS技術の商用準備段階の実証に向けた技術的進展は生じ得ない。EPAの提案するパフォーマンス基準の時期を遅らせた実施、研究開発、実証プログラムへの投資といった条件が揃ってはじめて、先進石炭技術による環境と経済競争力の改善というチャレンジを満たす機会が技術者に与えられるだろう」と述べている。

 米国では、石炭火力への相次ぐ規制強化により、「CCSどころか、今後は石炭火力発電所をつくる必要がない」、「石炭から天然ガスへ」という決定的な転換期を迎えている。3月にヒアリングを行った政府系関係機関でも、「石炭火力への規制強化が、必ずしもCCS開発の進展につながるわけではない。CCS実用化にはイノベーションが必要だ。このままでは米国はCCS政策の方向性を見失うのではないか」という声もあった。

◎謝意:本稿の執筆にあたり、東京電力ワシントン事務所・副所長の西村郁夫氏に資料提供などご協力いただきました。

※次回は、「フューチャー・ジェン(未来の発電)プロジェクトの試行錯誤」です。

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