中国は温暖化対策にコミットしたのか?


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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 昨年11月12日、米国オバマ大統領の訪中に際して、習近平国家主席と共同で地球温暖化対策の目標を発表し、注目を集めた。米国が「2025年までに2005年比で温室効果ガスの排出量を26~28%削減する」ことを目指す(intend to achieve)と発表する一方で、中国は「2030年ごろまでにCO2排出量をピークアウトさせると共に、一次エネルギー消費に占める非化石燃料の比率を20%にする」ことを目指すと発表した。これまで国連交渉の場で頑なに温暖化対策を拒んできた中国が、ピークアウトとは言え、とうとう排出抑制に向けて舵を切り気候変動対策に前向きになったとして、メディアや環境NGOなどはこの発表を歓迎し、中国の「改心(?)」を褒め称えた。
 確かに中国が2030年目標(らしきもの)を掲げたことは、今年の12月にパリで開催されるCOP21で、2020年以降の新枠組みの合意を目指す国連気候変動枠組み条約の交渉に光明をともすものになっている。2008年のCOP15(コペンハーゲン)で強硬姿勢を貫き、合意を壊した張本人として批判された中国も、パリのCOP21では政治的な過ちを繰り返さないという慎重な外交戦略を掲げているのだろう。また最近になって中国の石炭生産量が2014年に2.5%減少したというニュース注1)が伝えられていることも、こうした楽観的な見方を後押ししている。
 この共同記者会見における派手な政治的パフォーマンスを、額面どおりに受け取るのはナイーブ過ぎるのではないかという考察は、すでに本研究所の竹内主席研究員が昨年11月14日付の記事「米中が温暖化目標を発表 どうする日本」で詳しく解説しているが、それを確認するような分析がつい最近相次いで発表されているので、ここではそれらに基づいて、中国の「政治的な声明」と「現実」の乖離について紹介していく。

図1 2014年の中国の新設発電電力量

図1 2014年の中国の新設発電電力量

 まず、中国政府自身(能源研)が2月17日に発表した2014年の新設電源の構成に基づき、米環境シンクタンクClean Air Task Force(CATF)が計算した、燃料別新設電源の内訳である。(図1)注2) 中国の発表では新設電源の発電能力(kW)が示されていて、太陽光や風力などの再エネ導入が拡大していることが確認できるようだが、CATFではそれを元に各電源の年間稼働率を掛けて、実際の年間発電電力量(kWh )に換算して比較している。CO2排出量は発電能力ではなく発電電力量に比例するので、この見方は当を得ている。グラフをご覧になれば一見して明らかだが、石炭火力電源の増加が、他の水力、風力、太陽光、原子力と比べて圧倒的に大きいことがわかる。11月の政治声明で再エネへのコミットを発表し、事実、風力発電、太陽光発電の新規設置で世界をリードしている中国ではあるが、現実にはその4~6倍の石炭火力発電が増設、稼動しているのである。

注1)
“China 2014 coal output seen down 2.5% first drop in a decade” Reuters, January 28, 2015
注2)
http://www.catf.us/blogs/ahead/2015/02/18/no-china-coal-peak-in-sight-carbon-capture-will-be-necessary-to-tame-emissions-in-this-century/

 このCATFの計算が正しいとすると、2014年1年間で中国は年間2400億kWhの電力供給能力を持つ石炭火力発電所を新設したことになるが、大雑把に言って石炭火力で1kWh発電する際に排出されるCO2が約1kgであるとして注3)、この新設された石炭火力発電所から今後、毎年約2.4億トンものCO2が大気中に排出されていくことになる(昨年の新設分だけで日本の年間排出量の2割弱に相当することになる)。この発電所は新設されたばかりであるから、少なくとも向こう30年間は毎年この量を排出し続けることになるので、累積で見ると72億トンのCO2が新たに大気中に排出されていくことになる。
 こうした現実と、報道された2014年の石炭生産量の2.5%減少という事実は矛盾するようだが、その背景についてもCATFは解説している。中国の石炭消費の約半分は非発電用途であり、この部分が経済の減速に合わせて縮小していると見られるというのである。昨年は、産業用や鉄鋼生産に使用される石炭の消費量が景気減速や輸出停滞に合わせて減少しており、一方で2014年度は豊富な水量に支えられて水力発電が記録的な発電量をもたらした効果が重なったものであり、長期的なトレンドを保証するものではないと分析している。
 中国に関して注目すべきいまひとつの報告書は、British Petroleum(BP)がつい先ごろ発表したBP Energy Outlook 2035である注4)。同報告書は2035年までの世界のエネルギー需給構造の予想を示しているが、その中で中国に関しては、2035年の電源構成に占める石炭火力の比率が、現状の68%から51%に減るものの(総エネルギー消費に占める石炭のシェアは現状の77%から58%に減少)、依然として過半を占め、その結果石炭の消費量が現状から21%伸びるとしている。一方で2035年には原子力、水力を含めたゼロエミッション電源の比率は3割を超えるとも予想されており、その点では11月の米中政治声明と整合している。つまりこのBPレポートでは中国が今後導入する環境エネルギー対策もそれなりに織り込んで予想をしているものと思われる。
 それでも本レポートではその結果、中国の年間CO2排出量は現状より37%増加するとし、2035年時点で中国が占める世界のCO2排出シェアは30%を超えると予想している。11月の声明のとおり2030年までにピークアウトを目指すとしても、気候変動対策のためには、それまでの15年間にどれだけ温暖化ガスの排出が増えるかが問題となってくる。IEAの試算によると中国の2011年のエネルギー起源CO2排出量は79.5億トンなので注5)、37%増ということは中国の年間排出量は向こう20年間で約30億トンも増えて、約109億トン/年にも上る計算となる。仮にわが国の総排出量14億トン(2013年)を2035年までにゼロにしても、お隣の中国でその倍の排出量が増加したら、地球温暖化を抑制する効果は相殺されてしまう。中国が米中首脳会談でピークアウト時期に言及したことの意義が無いわけではないが、それはあくまで中国の政治姿勢の変化という意味からであって、それによって気候変動問題が解決に向かうと楽観するのは早計である。中国が今後どのような経路で排出ピークアウトに向かおうとしているのかきちんとフォローすることで、地球温暖化問題へのインパクトについて、より客観的、定量的な分析、評価がなされるべきであろう。
 ちなみに今回の米中共同声明を裏で仕掛けたのは、昨年1月に大統領特別補佐官に就任した、ジョン・ポデスタ氏といわれている。同氏は98年から2001年までクリントン政権の大統領主席補佐官を務めた人物であり、COP21で2020年以降の新国際枠組みをレガシー(政治的遺産)として残したいというオバマ大統領の期待を受けて特別補佐官に就任していた。彼はクリントン元大統領のスキャンダル対策に辣腕を振るった人物で、政治キャンペーンや世論対策に長けているとされており、今回の米中共同声明もその成果と見ることができよう。COP21で国際合意を取り付けることを可能とする交渉の流れを作るためには、今や世界最大の温暖化ガス排出国となった中国の協力姿勢を国際的に打ち出すことが必要不可欠ということで、首脳会談に先立って中国入りして共同声明を纏め上げたといわれている。なおこのポデスタ氏は、今年に入って2月13日に大統領特別補佐官を退任しており、今後は2016年大統領選挙でヒラリー・クリントン候補のキャンペーン委員長に就任するものと見られており、その去就が注目されている。16年大統領選挙でヒラリー・クリントン氏が当選した暁には、オバマ政権のレガシーを新政権に橋渡しする人物という意味で、世界の気候変動政策に少なからず影響をもたらす可能性のある人物であり、去就に着いて注目していく必要がある。

注3)
資源エネルギー庁「低炭素電力供給システムに関する研究報告書(2008)」によると日本の石炭火力発電のCO2排出原単位は0.975kg-CO2/kWhとされている。中国の石炭火力の排出原単位はこれよりも悪い可能性がある。
注4)
http://www.bp.com/en/global/corporate/about-bp/energy-economics/energy-outlook.html
注5)
IEA CO2 Emission from Fuel Combustion (2013)

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