中国は温暖化対策にコミットしたのか?


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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 このCATFの計算が正しいとすると、2014年1年間で中国は年間2400億kWhの電力供給能力を持つ石炭火力発電所を新設したことになるが、大雑把に言って石炭火力で1kWh発電する際に排出されるCO2が約1kgであるとして注3)、この新設された石炭火力発電所から今後、毎年約2.4億トンものCO2が大気中に排出されていくことになる(昨年の新設分だけで日本の年間排出量の2割弱に相当することになる)。この発電所は新設されたばかりであるから、少なくとも向こう30年間は毎年この量を排出し続けることになるので、累積で見ると72億トンのCO2が新たに大気中に排出されていくことになる。
 こうした現実と、報道された2014年の石炭生産量の2.5%減少という事実は矛盾するようだが、その背景についてもCATFは解説している。中国の石炭消費の約半分は非発電用途であり、この部分が経済の減速に合わせて縮小していると見られるというのである。昨年は、産業用や鉄鋼生産に使用される石炭の消費量が景気減速や輸出停滞に合わせて減少しており、一方で2014年度は豊富な水量に支えられて水力発電が記録的な発電量をもたらした効果が重なったものであり、長期的なトレンドを保証するものではないと分析している。
 中国に関して注目すべきいまひとつの報告書は、British Petroleum(BP)がつい先ごろ発表したBP Energy Outlook 2035である注4)。同報告書は2035年までの世界のエネルギー需給構造の予想を示しているが、その中で中国に関しては、2035年の電源構成に占める石炭火力の比率が、現状の68%から51%に減るものの(総エネルギー消費に占める石炭のシェアは現状の77%から58%に減少)、依然として過半を占め、その結果石炭の消費量が現状から21%伸びるとしている。一方で2035年には原子力、水力を含めたゼロエミッション電源の比率は3割を超えるとも予想されており、その点では11月の米中政治声明と整合している。つまりこのBPレポートでは中国が今後導入する環境エネルギー対策もそれなりに織り込んで予想をしているものと思われる。
 それでも本レポートではその結果、中国の年間CO2排出量は現状より37%増加するとし、2035年時点で中国が占める世界のCO2排出シェアは30%を超えると予想している。11月の声明のとおり2030年までにピークアウトを目指すとしても、気候変動対策のためには、それまでの15年間にどれだけ温暖化ガスの排出が増えるかが問題となってくる。IEAの試算によると中国の2011年のエネルギー起源CO2排出量は79.5億トンなので注5)、37%増ということは中国の年間排出量は向こう20年間で約30億トンも増えて、約109億トン/年にも上る計算となる。仮にわが国の総排出量14億トン(2013年)を2035年までにゼロにしても、お隣の中国でその倍の排出量が増加したら、地球温暖化を抑制する効果は相殺されてしまう。中国が米中首脳会談でピークアウト時期に言及したことの意義が無いわけではないが、それはあくまで中国の政治姿勢の変化という意味からであって、それによって気候変動問題が解決に向かうと楽観するのは早計である。中国が今後どのような経路で排出ピークアウトに向かおうとしているのかきちんとフォローすることで、地球温暖化問題へのインパクトについて、より客観的、定量的な分析、評価がなされるべきであろう。
 ちなみに今回の米中共同声明を裏で仕掛けたのは、昨年1月に大統領特別補佐官に就任した、ジョン・ポデスタ氏といわれている。同氏は98年から2001年までクリントン政権の大統領主席補佐官を務めた人物であり、COP21で2020年以降の新国際枠組みをレガシー(政治的遺産)として残したいというオバマ大統領の期待を受けて特別補佐官に就任していた。彼はクリントン元大統領のスキャンダル対策に辣腕を振るった人物で、政治キャンペーンや世論対策に長けているとされており、今回の米中共同声明もその成果と見ることができよう。COP21で国際合意を取り付けることを可能とする交渉の流れを作るためには、今や世界最大の温暖化ガス排出国となった中国の協力姿勢を国際的に打ち出すことが必要不可欠ということで、首脳会談に先立って中国入りして共同声明を纏め上げたといわれている。なおこのポデスタ氏は、今年に入って2月13日に大統領特別補佐官を退任しており、今後は2016年大統領選挙でヒラリー・クリントン候補のキャンペーン委員長に就任するものと見られており、その去就が注目されている。16年大統領選挙でヒラリー・クリントン氏が当選した暁には、オバマ政権のレガシーを新政権に橋渡しする人物という意味で、世界の気候変動政策に少なからず影響をもたらす可能性のある人物であり、去就に着いて注目していく必要がある。

注3)
資源エネルギー庁「低炭素電力供給システムに関する研究報告書(2008)」によると日本の石炭火力発電のCO2排出原単位は0.975kg-CO2/kWhとされている。中国の石炭火力の排出原単位はこれよりも悪い可能性がある。
注4)
http://www.bp.com/en/global/corporate/about-bp/energy-economics/energy-outlook.html
注5)
IEA CO2 Emission from Fuel Combustion (2013)

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