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水素社会を拓くエネルギー・キャリア(10)

エネルギー・キャリア各論:アンモニア(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター


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 アンモニアは、世界で最も多量に生産されている物質の一つで、年間約1.3億トン(2010年)のアンモニアが世界で製造され注2)、国際間で広く流通している。その用途の大半は肥料向けであるが、アンモニアは多くの化学製品や繊維原料として使われる基礎化学品でもある。このほか量的にはそれほど多くはないが、小型の冷凍・冷蔵庫の冷媒注3)、NOx脱硝剤等としても使用されている。こうしたことからも分かるように、アンモニアの輸送、貯蔵技術は既に確立しており、既存のインフラの利用が可能である。

 アンモニアは水素と、空気に大量に含まれる窒素から合成される注4)。この反応を化学式で表すと(1)式のとおりで、アンモニアの合成反応は発熱反応、アンモニアからの脱水素は吸熱反応となる可逆反応である。

式1

 アンモニアはエネルギーとして利用するときに、(1)式の逆反応でアンモニアから水素を取り出して水素として利用することも可能だが、上記のようにアンモニアは燃える(式(2))ので、それ自体をCO2フリーの燃料として利用することも出来る。

式2

 つまりアンモニアは、エネルギー・キャリアであると同時に水素キャリアでもある。

 アンモニアは大量輸送、貯蔵が可能で、温室効果ガスを排出しない燃料として直接利用することが可能と考えられることから、将来的に大量の水素エネルギーを導入するニーズがあると考えられる分野-発電分野や製造業分野向けのエネルギー・キャリアの有力な候補になると考えられる。このため、SIP「エネルギー・キャリア」でも、これらの分野で化石燃料の代替燃料としてのアンモニアの利用可能性を確認するための研究開発が進められている。

 これまでの研究により、アンモニアの燃焼は、炭化水素系の燃料に比べて着火温度が高い(アンモニアの着火温度は651℃)、燃焼速度が遅い、燃焼熱がガソリン、重油の半分注5)といった特徴はあるが、安定的な燃焼が維持できることが確認されている。併せて実際のガスタービンを使って、アンモニアを燃料とする発電の実証実験も進められている。

 これまでの燃焼に関する知識では、アンモニアのように窒素を含む燃料の燃焼からは大量のNOxが発生するのではないかという懸念もあったが、燃焼条件の制御によりNOxの生成を抑えることが可能であり、また、そのNOxは通常使用されている脱硝装置で除去できることがこの実験により確認されている注6)。これは、燃焼時に空気に比べてアンモニアがやや過剰な条件下(燃料当量で1をやや超える条件下)では、余剰アンモニアが還元剤として働き、NOxを還元して窒素(N2)とするからである。実はこれはアンモニアがNOx脱硝剤として火力発電所で使用されている理由でもある。尿素水をディーゼル・トラックやバスの排ガスの脱硝用に搭載しているのも同様の理由である。

 これまでに小型のガスタービン(50kW)を用いたアンモニアによる混焼発電の実証実験によって、このNOxの発生の抑制を含めて、アンモニアを燃料として用いた場合でもガスタービン発電機の所期の性能が得られることが確認されている。SIP「エネルギー・キャリア」では、今後、ガスタービンを2MW程度までスケールアップしてアンモニアによる発電実証を行うことを計画している。

 アンモニアを水素キャリアとして利用する取組みとしては、アンモニアを燃料とするSOFC(固体酸化物型燃料電池)の開発が、2025年頃の商用化、そして2020年の東京オリンピックの際には実証機によるデモンストレーションを行うことを目指して、SIP「エネルギー・キャリア」の下で開発が進められている。これは、アンモニアが常圧、400℃以上の環境下では分解して水素と窒素に分解する((1)の逆反応)ことを利用して、動作温度が700~1,000℃となるSOFC(固体酸化物型燃料電池)に水素の代わりにアンモニアを直接供給して燃料にしようというもので、アンモニアが水素に比べて輸送、貯蔵がはるかに容易であることを考えると、分散電源として期待されているSOFCの可能性を大きく広げるものと考えられる。

 こうした形でアンモニアを燃料として直接利用できる可能性があることは、エネルギー・キャリアとしてのアンモニアの大きな利点である。何故なら、エネルギー・キャリアから脱水素プロセスにより水素を得るために必要となるエネルギーが不要となるからだ。

 もちろんコスト次第で、脱水素プロセスを付加してアンモニアを水素キャリアとして利用し、水素STへ水素を運ぶという可能性もない訳ではない。但し、その場合、アンモニアを脱水素して水素を製造するための装置とエネルギーが必要になること、FCV用途に要求される水素の純度を得るためには、アンモニアから製造された水素を精製する必要があることなどから、発電用にアンモニアを燃料として利用する場合ほど、アンモニアの優位性は発揮できないのではないかと考えられる。

 いずれにせよこの問題は、水素STにおいて、MCH、液体水素、アンモニアなどのエネルギー・キャリアにより運ばれた水素エネルギーがどれほどの価格でFCVに供給可能になるかということが重要なカギを握るのであり、エネルギー・キャリア間のコスト比較や各エネルギー・キャリアの供給チェーンの技術的フィージビリティ等の検討を行って判断されるべき問題である。(このことは稿を改めて説明する。)

 アンモニアの場合には、日本ではMCHや液体水素のケースと異なり、これまでのところアンモニアをエネルギー・キャリアとして利用しようという構想を掲げ、その供給チェーン全体の構築に取り組む企業は現れていないが、アンモニアのエネルギー・キャリアとしての可能性に着目した個別の利用技術開発はいくつかの企業で進んでいる。SIP「エネルギー・キャリア」でも、そういった取組みを支援している。

注2)
USGS「Mineral Commodity Summaries」
注3)
アンモニアは「成績係数(冷凍のために消費される動力・熱量と冷凍能力の比)」が大きく、エネルギー効率が高い冷媒であることから、かつては広く冷媒として使用されていたが、アンモニアには毒性と可燃性があることから、一時期、フロンへの置き換えが進んだ。しかし、その後、フロンの持つ温室効果が問題となり、アンモニアが、再び、「古くて新しい冷媒」として注目され、最新の機器に利用され始めている。
注4)
有名なハーバー・ボッシュ(HB)法。HB法は、ドイツのハーバーとボッシュによって20世紀の初頭1908年に発明された世紀の大発明と呼ばれている合成法で、この合成法が確立されたことにより、作物の栽培に不可欠な窒素を空気からアンモニアとして固定し肥料として用いることが可能となり、人類の食糧危機を救ったと言われている。この発明により、ハーバー、ボッシュともにノーベル化学賞を受賞した。その後、HB法は数多くの改良が重ねられ、効率のよいアンモニア合成法として世界中に普及している。なお、ハーバーの助手としてこの発明を支えたのは日本人の故田丸節郎(その後、理化学研究所、東京工業大学教授)である。
注5)
燃焼熱はそれぞれ、アンモニア:22MJ/kg、ガソリン:44.9MJ/kg、重油:43.4MJ/kg (LHV)。
注6)
SIP「エネルギー・キャリア」の研究成果として、2014 NH3 Fuel Conference (Des Moines, Iowa, USA) で発表された“Micro Gas Turbine Operation with Kerosene and Ammonia,” Norihiko Iki*, Osamu Kurata, Takayuki Matsunuma, Takahiro Inoue, Masato Suzuki, Taku Tsujimura and Hirohide Furutani, Fukushima Renewable Energy Institute (FREA), National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Japan, による。なお、物理化学的には、アンモニア(NH3)が燃焼によって窒素(N)と水(H2O)になるのが最も安定な反応(式(2))である。

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