水素社会を拓くエネルギー・キャリア(10)
エネルギー・キャリア各論:アンモニア(その1)
塩沢 文朗
国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター
【アンモニア】
意外と知られていないエネルギー・キャリアの候補物質として、アンモニアがある。実は、私自身もアンモニアがそんな性質を持つ物質だという認識を、ごく最近までもっていなかった。読者のみなさんもこうしたことはあまりご存知ないと思うので、アンモニアのエネルギー・キャリアとしての利用可能性や課題については2回に分けてご紹介しよう。
改めてアンモニアの分子式(NH3)を見ると、アンモニアは分子の中に多くの水素をもつ物質である。そして、アンモニアは燃える。(アンモニアの炎を見たことのない方が多いと思うので、【図1】にアンモニアの火炎の写真を付しておく。)そしてアンモニア分子には炭素が含まれないため、アンモニアが燃えてもCO2が発生することはないし、その他の温室効果ガスが発生することもない。
実は、アンモニアはかつて自動車、バス、超音速ロケット機の燃料として使われたことがある【図2】。このうち1943年にベルギーでバスの燃料として使用されたのは、戦時下でバス用のディーゼル燃料が払底したためだが、アンモニアを燃料として使用した際の記録をもとに、アンモニアを代替燃料として用いる可能性を指摘した論文も残されている注1)。この論文では6台のバスについて8カ月間の使用結果が分析されているが、その8か月間に13,000~23,000kmを走行したそれらのバスは全く問題なく走行し、16,000km以上走行したバスに行われたエンジンチェックでも金属疲労や腐食は発見されなかったと報告されている。また、もう一つの写真は1959年から1968年にかけて実験機として使用され、現在でも有人飛行機の最大高度(107,960m)、最大速度(マッハ6.7)の公式記録を保持している米国のX-15だが、この飛行機はアンモニアを燃料としていた。
アンモニアをエネルギー・キャリアとして用いるというアイデアは、アンモニアが燃料となり得るという理由の外に、アンモニアの水素密度が大きいことや、常温常圧に近い条件下で液体として扱えることなどに着目したものである。実際、【表1】に示すようにアンモニアの体積当たりの水素密度はこの3つのエネルギー・キャリアの中では最も大きく、液体水素の1.7倍、メチルシクロヘキサン(MCH)の2.5倍ある。アンモニアは、常温常圧ではガスだが、常圧では-33℃に冷却、または、20℃では8気圧の圧力をかけると液化する。この物性はプロパンガスとほぼ同様であり、同様の条件で液体として取り扱うことが出来る。
- 注1)
- “Ammonia -A Fuel for Motor Buses,” by Emeric Krock, Journal of Inst. Petrol., 31, pp213-223 (1945)