書評:「朝日新聞 日本型組織の崩壊(文春新書)」

-吉田調書スクープ・ブーメランの皮肉-


国際環境経済研究所前所長

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 私は「吉田調書」誤報と「プロメテウスの罠」は同じ穴のむじなであり、風評被害などの影響を考えると後者の方が実は罪深いと思っている。吉田調書報道を検証するなら、「プロメテウスの罠」も検証するべきだろう。著者たちが否定する「イデオロギー」による記事偏向がないかどうか、この連載も対象とされなければ公平・公正さに欠ける。

 しかし、著者たちにそのような意識はうかがえない。むしろ、「プロメテウスの罠」は立派な業績と思っているとうかがえる箇所がある(85ページ)。ちなみに、一連の慰安婦報道を書いたとされる朝日の元記者が某月刊誌に寄稿した手記で展開している主張も、要は「私は強制連行があったと断言していない」だ。

 吉田調書報道をめぐっては、宇都宮健児氏、海渡雄一氏をはじめとする複数の弁護士が連名で、「外形的な事実関係は間違っていない」として、報道を擁護する申入書を朝日新聞に提出している。弁護士が擁護していることが象徴的だが、これらの記事が裁判沙汰になっても、朝日新聞は「断言」していないゆえに負けないのかもしれない。
 著者たちによると、一連の問題の原因は朝日の左翼的イデオロギーのせいではなく、官僚化した組織構造のせいとのことだ。組織の官僚化は日本の大企業の問題としてよく言われるもので、朝日の問題も普通の企業と同じだ、と言いたいのだろう。

 しかし、このような形で日本企業の一般的な問題に逃げ込むのはいかにも安易ではないか。吉田調書問題では、ジャーナリズムの基本姿勢や行動原理の本質が問われているのであって、それを組織の官僚化のせいだというなら、この程度の問題の捉え方しかできていない著者たちは、同社を去るか記者を辞めてマネジメント職に移った方がよい。その方が、朝日新聞の立て直しに真に意味で貢献できるからだ。

 「慰安婦」誤報は言うに及ばす、「吉田調書」誤報も韓国メディアをして日本版セウォル号事件と報じられるなど、一連の問題が引き起こした国際的な影響は大きい。国際的なアカウンタビリティも果たしながら、朝日新聞がこの難局を乗り切って、真にジャーナリズムの範となるためには、抜本的な改革が必要であることは明白である。

 東京電力は福島第一原子力発電所の事故で、国際的・国内的信用を失墜させた。その結果、原子力部門を中心に大改革を迫られ、世の中からの厳しい監視の目の中、それを曲がりなりにも実行に移しつつある。
 その監視の目を築くことに貢献した朝日新聞が、自ら同じ過ちを犯し、これまでにない窮地に立たされていることは皮肉なものだ。朝日新聞は果たして改革できるのだろうか。大改革には深い反省と新たな意識構築を必要とする中、本書の認識程度では「社の再生」は望めない。さらなる検証と総括、そして改革に向けての行動着手が必要である。

20150216_book

「朝日新聞 日本型組織の崩壊」 
著者:朝日新聞記者有志(出版社: 文藝春秋)
ISBN-10: 4166610155
ISBN-13: 978-4166610150