震災直後の東電による取引所取引の停止は「暴挙」か?


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 以上が、議員に「嫌がらせ」や「暴挙」と映った、震災後のJEPXにおける取引停止の経緯である。あの混乱を極めた状況の中で、人に「嫌がらせ」をするような余裕が無かったことは言うまでもないことだろう。議員の「供給余力のある企業に対して送電網へのアクセスを拒否する」という記述が、折角の供給余力を活かさなかったという趣旨であれば、それは違う。実際は、東京電力は供給余力を買いあさっていた。

「この機に乗じたビジネス」の是非

 しかし、河野議員とは別の観点から、今回の東電のとった措置を批判する余地はあるだろう。市場を重視する経済学者は不満に感じるかもしれない。あるいは、発電所を保有する事業者の中には、JEPXが開場していればもっと高く余剰電力を売却できたはずであるからこれを「暴挙」と捉える向きがあるかもしれない。東日本大震災のような非常時においても市場での取引を尊重すべきというのが世間のニーズなのであれば、批判を真摯に受け止め、今後より頑強な取引システムの構築に努めるべきであろう。どのようにすれば、あるいは、どれほどの運用コストをかければそうした頑強な取引システムが構築できるのか筆者にはアイディアが無いが、ニーズがあるのであればこれを震災の教訓として取り組めば良い。

 他方、非常事態下でもJEPXを開場し続ければ、市場価格が高騰することは容易に想像ができる。実際に、震災の1カ月前の2011年2月、アメリカのテキサス州は50年ぶりの寒波に襲われ、2006年以来5年ぶりの輪番停電を実施したが、そこでは市場は取引を継続し、通常10セント/kWhに届かない程度の卸電力価格が、3ドル/kWhまで上昇した注8)。だからこそ、先に述べた発電所保有者の不満はあり得るとは思うのだが、こうした事態に乗じて儲けることが「正義」なのか、という別の議論を喚起するのではないだろうか。

 数年前に話題になったハーバード大学サンデル教授の著書『これからの「正義」の話をしよう』は、冒頭で、米国のフロリダ州で実際に起こったこととして、甚大な被害をもたらしたハリケーンで被災した住民に、モーテルが通常の数倍の宿泊料を請求するなど、一連の「この機に乗じたビジネス」が「道徳的に正しいこと」か、という問題を提起している。市場を重視する経済学者は、価格は需要と供給によって決まるもので、「道徳的に正しい価格」など存在しない、道徳と価格は関係がないと主張するだろう。

注8)
3ドル/kWhは規制で定められた卸電力価格の上限である。なお、テキサス州ではこの上限価格でも適切な電源投資を促すには低すぎるとして段階的に上限を9ドル/kWhまで引き上げている。ちなみに、日本の卸電力価格は、変動範囲外インバランス料金が事実上の上限となっており、その水準は50円/kWh程度である。