世界と日本の人口問題:食料とエネルギーの需給の問題に関連して(その2)

少子化問題として考える世界で特異な日本の人口問題


東京工業大学名誉教授

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 人類の歴史のなかで人口問題のカギをにぎるのは、食料需給の問題であると考えられてきた。しかし、21世紀初頭のいま、化石燃料エネルギーに支えられてきた経済の発展が、先進工業諸国の人口増加を抑制するようになっており、それが、経済を急成長させてきた発展途上国にも及んでいる。すなわち、食料の供給が世界の人口を制約するとの想定に狂いが出てきている。一方で、経済成長にはエネルギー資源としての化石燃料消費の増加が避けられない。したがって、世界各国がいまの経済成長を継続すれば、この成長に伴う人口の減少が始まる前に、現代文明社会を支えている化石燃料資源の枯渇が、人類文明社会に大きな破滅的な影響を与えかねない。これが、食料とエネルギー需給に関連した世界の人口問題である(本稿(その1)文献1参照)。
 これに対して、いま、国内で論じられている日本の人口問題は、先進工業国の一員として、いままでの経済成長政策のなかで進行した人口増加比率の急激な減少のなかで、すでに始まっている少子化と高齢化の進行に伴う労働力の不足である。すなわち、先に述べた世界の人口問題とは異なった、人口の年齢構成上の現実的な問題であるが、同時に、これも世界の人口問題として述べた(文献 1 )ように、化石燃料資源のほとんど全てを輸入に依存している日本の近い将来の化石燃料の枯渇に備えなければならない日本経済のあるべき姿に結び付けて考えなければならない。

食料需給に制約されてきた日本歴史のなかの人口問題

 現状の食料の需給を維持することを前提として、自給率 100 % を実現するための日本の人口を問題にするとき出てくるのが、江戸時代の人口である。300年の間、人口が約3000万人とほぼ一定に保たれていたのは、当時の貨幣価値が、年貢米の形で主食の米に換算されており、地方分権を任されていた各藩が、自藩内の食料を自給できるような人口抑制政策を採らざるをえなかったためと考えられる。この軛を断ち切ったのが、明治維新による中央集権政治であった。産業革命後の西欧文明の導入により、急激に増加し始めた人口のはけ口を求めた新大陸への移民政策は殆ど役に立たなかった。日韓併合から、さらには、中国への侵略による食料の自給のための軍事力の行使、さらには、軍事力保持に必要なエネルギー資源の確保のために、ナチスドイツが始めた第2次大戦に捲き込まれてしまった。いま、食料自給との関連で日本の人口問題を考えるとき、このような歴史的な事実を認識することが先ず必要である。
 食料供給の植民地を失った敗戦後の日本が、一時、米国からの食料援助に頼らざるを得ない時期があったが、やがて、安価に輸入できるエネルギー資源としての化石燃料(主として中東石油)と、明治維新後の教育制度に支えられた科学技術力を使って、輸出産業を振興させ、つい最近、中国に抜かれるまで米国に次ぐ世界第2の経済大国にのし上がり、増加する貿易黒字を使って、自給に頼らないで食料問題を解決してきた。いま、中国をはじめとする発展途上国の急激な成長による貿易輸出の伸び悩みと、化石燃料の輸入価格の高騰などにより、貿易収支での赤字が定着するなかで、食料についても自給率の向上を図らなければならないとの政治的な要望が強まっており、米国とのTPP交渉が農作物の関税問題で解決に手間取っている。

少子化対策としての海外からの労働力の移民による解決を訴える日本の人口問題

 現在、カロリーベースで39 %とされる食料自給率の値から概算すると、食料自給率100% を保証できる日本の人口は、現状の半分の約6,000万人と推定される。報道によると、昨年の日本の「合計特殊出生率(TFR、一人の女性が生涯に産む子供の数)は1.43とされている。人口減少が防止できるTFRの値2.07に較べて判るように、急速な日本の人口減少が、産業を支える労働人口の減少として顕在化している。いわゆる「少子化」の一方で増え続ける老齢者を支える年金制度などの福祉政策をどうするかが大きな社会問題になるだけでなく、現在、すでに、介護分野の労働力不足を途上国からの安価な労働力の供給に頼る政策が採られている。この介護士の給料が安いために国内で人が集まらないためである。かつてのバブル後の不景気を乗り切るために考え出された、安い賃金で働き、何時でも首が斬れる非正規労働と同じ手口である。政府は、また、アベノミクス政策で、一時的に景気を回復させているなかで、女性の職場進出を促すためとして、一部特権階級のために、家事労働にまで外国人を認めようとしている。かつての高度経済成長のなかで、一億総中流と言われた福祉社会が根底から崩壊し、米国のブッシュ政権が目指した超較差社会の構築を後追いしようとしている。
 さらに政府は、経済成長を目的とした労働人口を維持するためにも、人口の自然減少に歯止めを掛けるとともに、途上国からの大量の移民まで考えて2050年の人口を1 億に保つなどとしているようだが、果たして、そのようなことが可能であろうか? あるいは、それが正しい選択なのであろうか? 先に、世界の人口問題に関連して述べた(文献 1)ように、先進工業国としての日本の現在の人口減少は、経済発展に伴う自然の現象である。いま、一人当たりのGDPの値で先進国のなかでもベスト5に入る高い値を示す日本にとって、もはやこれ以上の成長は必要がない。いま、必要なのは、所得格差の是正と、若い人々にとっての将来的に不安のない安定雇用の確保でなければならない。経済成長に必要なエネルギー源としての地球上の化石燃料が枯渇に近づいて、その輸入価格が上昇すれば、その化石燃料のほぼ全量を輸入に頼らなければならない日本経済は、成長したくともできなくなる。そうなれば、労働力の確保のための人口減少への歯止めも不必要になるであろう。
 いま、目先の少子化対策のために、この国の人口を、経済成長を前提として、不足する労働力を途上国からの移民に頼る方法で政策的に制御することは、日本にとってだけでなく、労働移民としてやってきた人々にとっても不幸な結果を招くことは間違いない。科学的な解析結果に基づいて、できるだけ正確に予測される人口に合わせて、本稿(その1)(文献1)で述べたように、すでに現実となりつつある化石燃料の枯渇に備えて、日本が破綻しないような経済政策を模索する、これが「成長の限界(文献2 )」が提起した「人類の生存のための人口問題」の日本における解決の途だと信じる。

<引用文献>

1.
久保田 宏:世界と日本の人口問題:食料とエネルギーの自給の問題に関連して(その1)世界の人口を究極的に左右するのは化石燃料の枯渇であろう、ieei
2.
メドウスほか(大来佐武郎訳):成長の限界、ダイヤモンド社、1972年

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