環境と経済が両立に向かう『土壌汚染対策』とは(その8)

土壌汚染対策法の改正に向けた提言(1)


株式会社FINEV(ファインブ)代表取締役

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 連載の冒頭で紹介したように、土壌汚染対策法が施行され11年が経過し、土壌汚染問題が様々な経済活動と相互に影響をもつ状況となっています。
 土壌汚染の健康被害はその土地の利用方法や周辺の地下水飲用の利用状況によっても異なりますが、全ての土地に厳格な一律規制を採用する規制手法は、国際的にも例外的であり、健康被害の防止という目的に対して、過大な経済的な負担が生じています。
 今後、国内では、オリンピック・パラリンピックの準備、リニア新幹線、新駅の開発、東北復興、重工業施設の老朽化対策、社会資本の更新等、様々な不動産・建設プロジェクトが、官民で実施されます。こうしたなか、これまでと同様の枠組みで土壌汚染対策を継続すれば、予算内・期間内での建設工事の実施が困難となり、開発計画が円滑に進められないだけでなく、未利用・低利用となった施設や土地の有効利用が妨げられ、各地に老朽施設が放置される可能性や街全体に空き地が点在するような状況になりかねません。

 過去20年にわたるデフレを克服し、経済成長が始まっている現在、国内の土地利用の転換を進め、来るべき高齢化社会に向けた都市や地域を再整備していく時期に直面しています。
 湾岸地域にある工業地域の再開発や都市の老朽施設や建物の再整備が必要になっており、ここに潜む土壌汚染問題は早期に解決していかなければならない共通課題です。

 このためには、土壌汚染対策法と共に関連法制度の見直しを行い、①土壌汚染の一律基準を見直し、軽微な土壌汚染を管理しながら土地利用を推進できる仕組みを制度化する、②諸外国と同様に土壌汚染に関する経済的な影響を考慮し、汚染サイトを浄化して再開発するプロジェクトの初期調査費用等に公的支援の仕組みを導入することを提言したいと思います。

① 軽微な土壌汚染を管理しながら土地利用を推進できる仕組みを制度化する

 日本国内は南北に長く、地形や天候も異なるうえ、土壌の種類や性質、地下水の状況等も異なっています。地下水飲用がない地域で、舗装された工場や商業施設、高層住宅などでは、土壌汚染に伴う健康リスクは非常に低く、土壌汚染対策の必要性は低いと考えられます。
 しかしながら、日本ではリスク評価を通じて、環境対策を推進する制度や手法が整備されておらず、軽微な汚染であっても過大な対策費を投じて土壌汚染を完全に浄化(汚染がない状態に)しているのが現状です。
 このような軽微な汚染を、より簡便な方法で管理し、土地利用を推進できる仕組みを導入する必要性があると考えます。

≪自然由来の土壌汚染の取り扱い≫

 土壌汚染対策法において、軽微な汚染の典型例は自然由来の土壌汚染です。
 連載第4回で紹介したように、日本全国の土壌には自然由来の有害物質が微量含まれており、一部に基準を超過する場合もあります。自然的原因によって基準を超過するレベルは僅かであることから、自然的原因によって基準を超過する土壌が盛土等として利用されても、それが人の健康への影響を及ぼすおそれはありません。例えば先月、東京のビジネス街である大手町で温泉が確認されましたが、温泉の定義は、源水の水温が25度以上であり、一定以上の効能物質が含まれるものです。この大手町の温泉は異なりますが、温泉の効能物質には、土壌汚染対策法で指定されている物質と同じ重金属も含まれます。
 もともと、土壌汚染対策法では自然由来の土壌汚染は対象となっていませんでしたが、自然由来であっても、不適切な土壌の搬出処分によって汚染が拡散するおそれがあることから、法改正の際に土壌汚染対策法の対象となった経緯があります。

 しかし、基準を超える土壌の搬出については、自治体の「残土条例」によって、管理することが可能です。したがって、基準を超過する土壌の移動や利用を制限する仕組みを取り入れながら、自然的原因によって基準を超過する土壌の拡散を防止することができると考えます。
 海外等では、周辺に存在する一定の濃度の土壌汚染について、自然由来として取り扱う実務が定着しています。また自然由来の土壌汚染マップが作成されている地域もあります。したがって、自然由来の土壌汚染については、改正前の土壌汚染対策法と同様に法の対象から除外することを提言したいと思います。
 なお、自然由来の土壌汚染と人的由来の土壌汚染の判別には、土壌汚染対策法施行の際に作成された、「自然的原因であるかどうかの判定方法」を用いることが可能です。将来的には、わが国でも自然由来の有害物質の分布に関するマップが整備されることにより、このような土地に居住する市民の不安や不動産取引への影響が解消されることが期待されると考えます。

≪形質変更時要届出区域内での工事方法等≫

 過度な規制としては、土壌汚染対策法改正により導入された、形質変更時要届出区域内での工事に対する規制もあります。
 具体的には、形質変更を行う際に、帯水層への影響が無いように施工することを求めた規則(土壌汚染対策法施行規則第53条第二項)が定められました。また、形質変更時要届出区域内から土壌を搬出する際、土壌が非汚染土と「認定」されるためには、区域指定に係らない有害物質についても分析測定が求められます。
 これらの規制は、法律の考え方から見ても過剰な規制ではないかとの指摘も多いだけでなく、区域内の土地開発を行う際の工費の大幅増加につながっています。
 形質変更時要届出区域となった土地におけるこれらの工事等の規制を緩和すべきと考えます。

≪グリーンなオリンピック施設開発と相互補完できる仕組みに≫

 2012年のロンドン・オリンピック会場となった地域は、かつて廃水処理場に使用されていましたが、土壌・地下水浄化対策を実施して、地域全体を再生することに成功しました。2010年にカナダのバンクーバーで開催された冬季オリンピック会場も、複数の産業跡地の土壌汚染を浄化し、オリンピックの施設や設備の準備を進め、地域再生と環境保全を実現しました。2016年のブラジル・リオデジャネイロで予定されているオリンピック会場でも、過去の汚染浄化を進める予算が計上され、土壌や水質浄化が進められる予定となっています。
 いずれのオリンピックも環境配慮を掲げていますが、これらの地域はすべて土地利用に応じた土壌汚染の基準を運用しており、日本のように一律の基準を適用している国はありません。
 またイギリスでは、2012年に土壌汚染規制の改訂が行われるまで、20-40%の土壌汚染対策は健康被害防止という観点から不要であったとして、深刻な土壌汚染のみを浄化する方針に変更しました。イギリスでは、表層45-60センチメートルの土壌を汚染のない土壌で覆土すればよいという規制となっていますが、築地市場の移転先である豊洲地域では、表層から2メートルの土壌を掘削し、さらに50センチメートルの盛土をしています。これらの対策費には600億円以上の費用がかかっており、同様の対策費がオリンピック施設のサイトや新駅再開発、石油精製施設の跡地等に課されることは現実的ではありません。

 土地利用や表層の覆土等の有無、地下水の飲用利用と地下水汚染の状況を踏まえたうえで、現在多用されている掘削除去よりも安価な対策費で健康被害を防止し、土壌汚染を管理していくことは技術的には可能になっています。したがって、これらの仕組みを早急に導入することが、限られた資金を適切に活用するうえでもきわめて重要になっていると考えます。

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