不思議の国のエネルギー論議


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 先日、ロンドンの著名なシンクタンクが主催するハイレベルのフリーディスカッションに参加してきた。テーマはエネルギーを巡る4つの相克(Quadlilemma)である。4つの相克とはエネルギー安全保障、環境保全、国際競争力、エネルギーアクセスを指す。エネルギーの安定供給を図りながら、温室効果ガスも削減し、エネルギーコストを抑えて競争力を確保し、かつエネルギーアクセスを有していない人々(世界の人口の26%)へのエネルギー供給を確保していくことはミッション・インポッシブルに近い難題である。

 参加者は先進国・途上国の国際機関、学者、シンクタンク、政府関係者等で、エネルギー安全保障、温暖化問題、国際競争力、エネルギーアクセスについてリードスピーカーが論点を提供し、その後議論するという形式である。面白い試みは30名超の参加者を3つのグループに分け、それぞれで1時間半程度のブレーンストーミングを行わせるというものであった。当然ながら議論は多岐に及び、1日の会議で方向性や結論が出るような性格のものではない。いくつか印象に残る点があったので、紹介したい。

 第1に「Nワード」の不在である。この会議のスポンサーはある大手の石油ガス会社であった。そのせいか、シェールガスを含む天然ガスの役割を強調する議論が多かった。当然のように欧米のシンクタンクからは再生可能エネルギーや省エネの役割を強調する声も相次いだ。ある米国のクリーンエネルギー関連のシンクタンクは「IEAの再生可能エネルギーのラーニングカーブに関する前提は保守的過ぎる。実際にはもっと早く競争力がついて化石燃料と競争できるようになる」と主張していた(それならばこのような会議で4つの相克について議論する必要もなくなるのだが)。そうした中でNワード=原子力(Nuclear)に触れる人が私を含む2-3名を除いて不思議なほどいなかった。エネルギー問題を解決する鍵が天然ガスと再生可能エネルギーと省エネというのは何とも広がりを欠いた議論に思えてならなかった。

 第2にイノベーションに関する議論の不在である。世界の人口増加に伴うエネルギー需要の拡大とエネルギー需給安定、環境保全を両立させようとすれば、現在のエネルギー技術体系での対応は困難である。革新的なエネルギー技術開発を通じた非連続的な温室効果ガス排出パスの低下が必要なのだが、それに触れた人も私を含む2-3名を除いてほとんどいなかった。もっとも「化石燃料、原子力に費やしているR&D原資を再生可能エネルギーに回すべきだ」という欧州でよく聞く議論はあったのだが。こうした議論を展開する人々は技術革新による再生可能エネルギーのコスト削減には確信を持って語る一方、原子力や化石燃料分野でのイノベーションにはほとんど触れない傾向が強い。私の目から見れば「良いとこ取りのイノベーション論」である。原子力の役割と包括的な(良いとこ取りではない)イノベーションの役割を強調した面々がほぼ一致していたのも偶然ではないのかもしれない。