人口減少社会における生活排水処理施設整備をどう進めるか


富士常葉大学社会環境学部教授

印刷用ページ

 今や人口減少・高齢化、さらには社会資本インフラの老朽化という社会情勢が、人口オーナスとして様々な分野に影響を及ぼしている。公共事業についても同様である。一般に、公共事業は実施前に費用と便益を見積もり、事業効率に基づいて評価される。便益は受益者数に比例することが多く、人口減少を将来の便益推計に盛り込むことが必要である。しかし、当初、ほとんどの事業が人口減少を考慮していなかったため、事業完成後に人口が減少し、便益の発現効果が得られず、非効率な事業へとつながりつつある。
 いくつかの公共事業のうち、下水道事業では、処理施設の規模の不整合と質的劣化が進む中、インフラクライシスが発生し、更新の早期実施が必要とされているが、予算不足と将来の人口減少の推定から他の事業への切り替えも検討しなければならない。
 これまで、生活排水処理事業は、比較的人口が密集している地区は下水道等(農村振興地域では農業集落排水事業が実施されている)による集合処理、人口散在地区は、浄化槽による個別処理によって整備されてきたが、集合処理の当初計画はいずれの地区も人口増を前提として整備されてきたため、処理施設が過大に設計されている傾向が高い。当初、下水道事業は都市計画法のなかで特定施設として位置づけられ、個別処理である浄化槽はその適用外であったために、下水道を優先し、整備が進められてきた。1991年以降、下水道と浄化槽の棲み分けを行うことが国から通知されたが、国庫補助金や事業主体となる自治体の担当部局は、それぞれ独立して機能してきた。
 このように、必ずしも集合処理と個別処理が連携していなかった要因の一つとして、法制度の複雑さにあると言える。下水道は国土交通省所管の事業であり、農業集落排水事業は農林水産省所管の事業、浄化槽は環境省所管の事業とされ、関連する法令も下水道法と浄化槽法があり、複雑な法体系となっていることも一因としてあげられる。下水道は下水道法、浄化槽は浄化槽法の扱いであり、自治体の担当窓口もそれぞれ異なり、当初は補助金等の予算も別扱いであるなど、必ずしもこれらの連携がとられていないことが多く、法整備も含めた汚水処理行成の一元化を図り、総合的に運営できる体制を確立する時期でないかと思う。
 2012年10月に公開された会計検査院の調査でも、361事業主体が管理する662施設の下水処理場のうち、1998~2010年の10年間で89施設が使用されておらず、そのうち、56施設は建設後一度も稼働していない状況であることが明らかにされた。また、近年では、下水道等の生活排水処理施設に流入する汚水量に関係する生活用水量が著しく変化してきている。例えば、平成25年版日本の水資源によると、住宅、事務所、ホテル、官公庁、飲食店、病院などで使用される生活用水量が、過去10年間で年間当たりの水量として8.5億m3/年ほど減少してきている。その要因は、節水行動の推進、人口減少、節水型設備の普及などであり、そのため生活排水処理施設に流入する汚水量も減少し、強いては使用料収入も減ることにより、下水道事業経営にとっての大きな課題となっている。

 宇都ら(人口減少時代におけるインフラ整備の問題と対応策、知的資産創造、10、78-95(2009))は、インフラクライシスを回避するために、経済面、社会面、技術面、環境面の視点から各課題を解決していくことが必要であり、持続可能性とは、少なくとも現状より状況を悪化させないことが基本的考え方であると指摘している。
 筆者が2013年度に実施したS県M町で公共下水道事業認可区域内の未整備地区(570人、223世帯)を対象にした調査において、事業継続による管路の布設と浄化槽による個別処理との比較を検討したところ、50年後の人口減少率が40%と予測され、さらに、整備完了後の維持管理費を考慮しても、管路布設工事の継続を行うよりは、個別処理への転換が妥当と評価された。
 このような事例は、多々あると考えられるため、現行の集合処理整備状況と今後の運営状況を把握したうえで、集合処理と個別処理のそれぞれの長所を生かし、人口減少・財政状況に対応した持続的かつ効率的な処理事業へ結びつけることが必要である。
 当初計画を批判するつもりはないが、社会情勢の変化に対応した迅速な計画見直しを行い、計画倒れにならない柔軟性がある仕組み作りが必要不可欠でないかと思う。 例えば、集合処理から個別処理への事業の切り替え以外にも、人口減少に伴い、処理能力に余裕のある下水処理施設では、し尿処理施設の老朽化を踏まえ、個別処理で発生した余剰汚泥の受け入れという浄化槽汚泥処理施設としての機能を付加するのも一案ではないか。

記事全文(PDF)