電力システム改革と金融

東京電力の新・総合特別事業計画にみる新たな方向性


国際環境経済研究所前所長

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電力システム改革の今後の進め方

 これまでの「総括原価方式による料金規制」+「地域独占」+「発送配電一体」の3点セットの体制は、右肩上がりの需要増に対応した設備形成を確実なものとするためには非常に効果的なシステムだった。すなわち、総括原価方式による料金規制がコスト回収の確実性を高める結果もたらされる倒産確率の低下と、発送配電一体による膨大な資産を背景とした一般担保によって実現する倒産時損失率の低さが、電力会社のファイナンスを円滑化してきたのだ。実際、格付会社による電力会社の格付手法では、この制度的保証を最も重くみており、格付の判断要素として全体の半分程度の重みをもつといわれている。
 しかしながら、高度成長を終え、かつ電化の一服感がみられる昨今では、電力需要が頭打ちになるなか、右肩上がりの投資形成を続けて行くことは、かえって資産効率を下げる懸念が発生する。そうなれば、むしろ他社の電気や資産を効率的に活用するほうが国民経済的に望ましいという見方も成り立つため、今後の電気事業は前記の3点セットによる「計画経済的資本形成」ではなく、各社間の電気の融通や購入を自由にしたほうがよいというのが、電力システム改革の背景にある状況認識だ。東日本大震災によって原子力発電所はもちろん火力発電所も大きな被害を受け、さらに日本中多くの電力関連設備の老朽化が迫ってきている現状において、こうした状況認識が正しいのかどうかについては大きなクエスチョンマークが付くが、現在の政治状況では、電力システム改革自体は徐々に進展していくと見込まれている。
 そうなれば、これまでの経営環境は激変し、各社間の電力融通や購入にとどまらず、究極的には他社の資産・会社自体のM&Aを視野に入れていくことが当然の流れとなろう。電力システム改革が進んで前記の3点セットの制度的保証が崩れていけば、発送配電一体の垂直統合よりも、水平統合のほうが倒産確率を下げる方向に作用する。さらに、ある戦略的な電力会社が、ほかの財務構造の健全な事業者(資産に比して負債が少ない企業)を対象としたM&Aを行うことができれば、その統合先の事業者資産を含めた一般担保によって、倒産時損失率を大きく低減化させることが可能となる。このように、財務戦略を勘案したM&Aを行う戦略的電力会社が、他社に比べて一層ファイナンスコストを下げることに成功し、競争上優位に立つことになろう。こうなれば、以前から筆者が提案してきた(たとえば、『精神論ぬきの電力入門』新潮新書)、水平的展開による「大規模化」が夢物語ではなくなり、むしろ電力会社の合理的な戦略的行動から導かれる将来の産業構造になっても不思議ではない。
 電力システム改革を進めていく政府にとっては、新たな総合特別事業計画に盛り込まれている東京電力の戦略的動きは歓迎すべきものだろう。法的分離という形式的な改革を越えて、各電力会社が独自の戦略を策定し、それを実現するファイナンス手法の革新が生まれれば、電力間競争は本格化するからである。ただ、今回の東電の取組みを越えて、子会社の完全独立というところまで突き進もうとすると、それは法的分離にとどまらず、資本分離まで視野に入れることになる。そうなれば、既発の電力債の債権者が保有する権利の希釈化回避はむずかしくなる一方、グループ全体だからこそ有する信用力が毀損し、単独の発電会社はアメリカのように投機的格付程度にまで落ち込むことになるかもしれない。一方、ヨーロッパのように、送配電部門の分離後、立地に地域固有の制約がある発電事業者と地域の需要充足をメインとする小売事業者が再度統合していく動きがみられるようになれば、個別の子会社ではなくグループファイナンスに戻ることになろう。ことほどさように、電力システム改革によって生み出される競争構造は、資金調達方法の変化と表裏一体なのである。
 一方、原子力問題の解決策との整合性にも目配りしていく必要がある。原子力問題については、今後、新設やリプレースに取り組まなければ、人材や技術の継承に大きな問題が発生し、持続可能な解決策が見当たらない(21世紀政策研究所「原子力事業環境・体制整備に向けて」13年11月参照)。その新設やリプレースの可否については、電力システム改革に伴うファイナンス環境の変化が最も大きく影響することは確実である。原子力はたんなる競争的な電源としてではなく、それ以上に国家として継承すべきエネルギー技術体系だという政策をとるとすれば、電力システム改革と同時並行的に原子力問題を整合的に検討していく必要がある。
 政府においては、エネルギー基本計画の閣議決定に続く原子力問題の検討や電力システム改革の検討にあたっては、電力事業や電力インフラに対するファイナンス面からの影響について十分吟味し、低成長下で必要とされる産業再編をも視野に入れながら、必要な施策や制度設計を検討していくべきである。