電力システム改革と金融

東京電力の新・総合特別事業計画にみる新たな方向性


国際環境経済研究所前所長

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一般担保制度の行方

 次に、LGD=倒産時損失率への影響をみよう。LGDは担保や保証条件によって左右されるが、既発の電力債にはネガティブプレッジ条項(担保制限条項)が含まれていることから、新たな抵当権設定によってLGDを低減することは実質的に不可能である。これまで電気事業法で認められてきた電力債の一般担保は、社債権者に対してデフォルト時に民法上の先取特権に次ぐ順位を与えていることから、LGDの低減対策としてきわめて大きな役割を果たすポテンシャルがある。
 確かに、社債の発行体の信用力が高くて倒産確率が非常に小さい場合には、一般担保付社債と無担保社債の間に経済価値評価上の差異は生じないため、一般担保の価値は認識されない。実際、一般担保付社債発行が認められていたJR東日本・東海・西日本の3社が、無担保社債発行に転じた2001年当時をみても、スプレッドの差異は生じていない。また、電源開発株式会社も03年の前後で一般担保付社債(さらに、それ以前は政府保証債)から無担保社債へと変化しているが、同様にスプレッドの差異は生じていない。これは両方とも、もともと国営企業体だったものが民営化した例であり、それだけ信用力が国に近いものとみなされていたからだろう。
 デフォルトした企業の資産が十分な清算価値を有しているとすれば、そもそも資金調達面からデフォルトに至ることは考えられない。一方、清算価値がまったくないような逆の極端なケースにおいても、一般担保による先取特権は実質上意味をなさなくなる。したがって、一般担保の経済価値の発現には、デフォルトした企業がある程度の資産を有し、清算価値が残っていることが必要である。その際、バランスシート上の負債のうち一般担保付負債の割合が小さいほど、全額回収可能性が高まるため、一般担保の経済価値が高くなる。また、清算価値が一般担保付債務の額と一致しているか、または、上回っているがほかの無担保債務全額はカバーできないという状態であれば、一般担保の経済価値は高まることが実感できるだろう。
 電力システム改革の進展では、もともと民間企業体であった電力会社(一般電気事業者)の競争条件が厳しくなることから信用力の低下が見込まれていることは先に述べたとおりであり、むしろ格付が低下する近い将来においてこそ、この一般担保付社債が認められるか否かの意味が大きくなってくるのである。この一般担保の経済価値がどの程度になるかは、たとえば一般電気事業者の倒産確率や倒産時損失率は観測困難なので、格付会社が公表している長期平均実績倒産確率や倒産時損失率のデータを使いながら、さまざま条件を仮定しながら試算する必要がある。
 その結果、格付が低下した際に、スプレッドが数十bspも上がるという試算値が出るようであれば、電力会社の資金調達条件は相当厳しくなり、電気料金上昇にも有意に影響するだろう。こうしたなかで、電力システム改革を継続しながら、事業者による中長期の供給力確保のための設備投資や安全対策投資を確保したり、さらにはエネルギー・インフラ産業政策上、必要な投資を誘導したりするためには、一般担保あるいはそれと代替的な資金調達支援政策措置を検討する必要が出てくるだろう。

東京電力「新総特」の革新的取組み

 こうした電力システム改革に伴うファイナンス環境の変化を先取りしたかたちで、東京電力は、今次新総合特別事業計画のなかで、これまでの電力会社では考えられなかった事業展開戦略を示した。それは、フュエル&パワー・カンパニーの成長戦略である。発電、送配電、小売り事業部門をそれぞれ子会社化する計画が示された新総合特別事業計画のなかでも、最多のページを割いて詳細が述べられているのがこの成長戦略である(なお、パワーグリッド・カンパニーについては海外への事業展開が計画されている点が目新しいが、カスタマーサービス・カンパニーはガス事業への進出や他地域への電力販売が計画されているものの、その規模感においていま一つ迫力に欠ける)。
 このカンパニーの成長戦略には、福島第一原発関連の賠償や廃炉についての負担が継続する一方、運営を引き継ぐ柏崎刈羽原子力発電所の不稼働リスクがいまだ払拭できない持株会社との関係が密接であればあるほど、同カンパニーは電力他社や新規参入者との競争において、資金調達条件の面で不利になるのではないかという問題意識が根底にあるようだ。発電コストを引き下げるため、燃料費の7割を占める天然ガスの調達を大規模化することによって交渉力を強化し、同時に電源建設のスピードアップやリプレース、電源多様化(他地域への石炭火力設置)などのための資金調達力を向上させる方策として、他社との資本提携を含む包括的アライアンスを軸とした経営ビジョンを描いている。さらに、この包括的アライアンスが実現することを前提に、その共同事業として海外発電事業展開や燃料の上流事業への進出までを視野に据えている。この包括的アライアンスはSPCを介在させる仕組みを念頭においているようだが、それを実現するためには、持株会社から一定の財務的隔離が必要となってくる。
 しかし、もちろん金融機関としては、同カンパニーが東電持株会社から独立していくことは、融資対象先の持株会社の信用力を低下させかねず、子会社資産に対する一般担保を危うくしかねないと懸念したようだ。これまでの電力債では子会社の設立や資産の移転は、発行条件のなかで原則禁止されている。そこで、新たな事業形態を成立させるためには子会社による「連帯保証」が必要ではないかという議論もあったようだが、上限額が定まらない連帯保証は財務的には健全な方法とはいえない。関係者間での検討の結果、事業用資産を移転された子会社が一般担保付社債を発行し、それを持株会社が引き受けることによって、金融機関は間接的にグループ全体の資産に対して一般担保を維持することを可能とする仕組みが編み出された。
 一方、同カンパニーとしては、社債によって得た資金を他社との共同で設立するSPCに出資することができるようになるわけだ。これは東京電力にとどまらない一般的な手法に進化していく可能性が高い。なぜなら、この手法は、原発事故やそれによってもたらされた東電の財務的苦境とは直接関係するものではなく、他の電力会社も法的分離に至る際には、同じ手法が適用可能だからだ。そうなると、電力会社は事業構造の構成とその体制について、大きな自由度を得ることになる。こうした変化を毛嫌いしたり、みて見ぬ振りをするのではなく、自社の事業展開にどう活用していくかを積極的に検討すべきだ。電力事業とはファイナンスなりと喝破した松永安左衛門の慧眼をあらためて評価することが必要な時代がきたのである。