オバマ政権の環境・エネルギー政策(その19)

活発化する中国との連携


環境政策アナリスト

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 2009年2月5日、アジア・ソサイエティー(Asia Society)は『エネルギーと気候変動に関する米中協力のロードマップ(A Roadmap for U.S-China Cooperation on Energy and Climate Change)』という冊子を発表した。これは環境面において、中国との対立から協力関係構築への転換に向けて、気候変動の専門家と中国問題専門家の両方が携わった作業として注目される内容となっている。ヒラリー・クリントン国務長官が2009年3月に中国を訪れ、胡錦濤主席にリーダーの首脳会議、ハイレベルの評議会、そしてタスクフォースの設置を提案したのは、まさにこの冊子の内容に沿ったものだ。
 さらに注目されるポイントは、技術移転の促進と商業関係における知的財産権の保護、および協力的な研究開発の拡大が必要と述べているだけで、これまで中国が主張してきた知的所有権の保護に対して強制実施許諾については一言も触れていない点だ。強制実施許諾とは、特許権者の承諾なしで、特定権者への一定の金銭の支払いを前提として、特許化された技術の使用を認める仕組みである。要件の一つには「公共の利益」が挙げられ、気候変動もその対象であるとして中国・インドが国際交渉の場で主張してきたが、先進国は強く反対してきた。
 このロードマップの作成にあたっては、現在、気候変動問題環境特使としてアメリカの交渉団の代表を務めるスターン氏と、中国側代表団の一人である鄒驥(Zou Ji)中国人民大学教授(当時)なども含まれている点からも、たいへん注目に値するテキストブックである。
 ここで述べられたような研究開発協力に向けての動きは、大幅に進展した。2009年7月、初めての試みとして米中政府は米中クリーンエネルギー共同研究センターの設立を発表した。両国の科学者・エンジニアによるクリーンエネルギー技術分野での共同研究を促進することが目的。同センターでは省エネルギー建築、CCS(炭素回収・貯蔵)、クリーンエネルギー自動車などの分野を優先して展開する。米中両国は、同センターの始動資金として双方が1500万ドルを投入する予定だ。「双方が」という点が新しい米中関係を印象づける。
 このように米国が中国を重視しているのは、温暖化問題について中国やインドを巻き込まなければ意味がないと考えているためだ。序章で述べた2009年国連気候変動交渉特別作業部会(AWG)ボン会議の最中に、就任直後の気候変動問題環境特使のスターン氏が中国を訪問。さらに交渉官のパーシング氏まで後を追った。米中関係の進展が重要であるという機運は高まった。
 この動きと反するのが多国間の動きである。2009年7月にイタリア・ラクイラで行われた先進国首脳会議(G8)では、温暖化ガスの削減で2050年までに先進国が80%以上削減する目標を明記する首脳宣言を採択した。また、主要途上国の貢献にも言及した。しかし続いて行われたG8メンバーに中国など主要途上国を加えた17カ国・地域による「主要経済国フォーラム(MEF)」首脳会議では、焦点だった「2050年までに世界の温室効果ガス排出量半減」については、中国など主要途上国の反対で合意できなかった。二国間と多国間で交渉に臨む態度を変えるというのが中国のやり方のようだ。この点、多くの国際交渉に臨んできた中国の知恵といえそうだ。
 いずれにせよ、その後ヒラリー・クリントン、ジョン・ケリーと2代に渡る国務長官が中国を訪問し、米中の気候変動をめぐる協調態勢が進展しているとの報道されている。そんな中で2013年米国を訪問した習近平国家主席とオバマ大統領が会談をしてハイドロフルオロカーボン(HFC)の削減に合意した。この背景にはハイドロフルオロカーボンの代替物資を開発しているDuPont社の利益に叶い、その原料である蛍石は中国に多く賦存するという利害の一致があるささやかれているが、その直後の2013年7月開かれた「米中戦略・経済対話」を含め、この二国間関係のさらなる進展が多国間関係の合意にどのような影響をもたらすか興味深いところである。

アジア・ソサエティーとは、アジアとアメリカ合衆国の人々の間の相互理解を目的として1956年ジョン・ロックフェラー3世によって創設された非営利団体。

オバマ大統領の「気候行動プラン」

 オバマ大統領は2012年に再選されてから第二期では気候変動問題に焦点を当てると発言をしてきた。2009年の議会による気候変動法制化のあと、オバマ大統領は行政府の権限による気候変動政策を推し進めようとしてきたが、これまでみてきたとおりオバマ大統領の気候変動政策は手詰まり感が漂っている。たとえば環境保護庁による温室効果ガス排出規制に関する最終提案の期限(2013年4月)までに提出がされていなかったり、環境保護庁を中心とした気候変動政策の推進に疑問がもたれているところであった。そんな中オバマ大統領は6月25日「気候変動行動プラン」を発表した。
 2012年再選キャンペーン中、オバマ大統領は気候変動についてはほとんど発言をしてこなかった。共和党が米国経済がせっかく回復しだしている一方、まだ失業率が高い中、米国経済に悪い影響を与えると反論をするかもしれないことを恐れていたと思われる。しかし、再選後はふたたび政治的な課題として言及するようになった。すでに述べたが、かれの就任演説でも「気候変動の脅威」を述べている。しかし、オバマ大統領は具体的に行政府としてどう行動するかは明示しないできた。ワシントンでは当然のことながら環境保護庁の規制による政策となるものと見ていた。もう一度気候変動へ関心がシフトしている理由は、やはり2012年10月のスーパーハリケーン・サンディ、2013年5月の中西部のハリケーンの影響が大きいと考えられる。スーパーハリケーン・サンディの政治的影響のひとつは国民の眼を気候変動のコストに向けさせたことである。オバマ大統領はこれまで再選を目指して気をつけていたことももはやその懸念がなくなるので、彼の政治的資源を今後のために活用しようとする可能性がある。その中身を簡単に整理する。
 「気候行動プラン」には3つのゴールがある。ひとつは「炭素汚染の削減」(2007年マサチューセッツ州対環境保護庁判決に基づいた表現と思われる。)、ふたつめは「米国が気候変動影響を受けることに対する準備」、3つめが「気候変動に対する協調行動のための国際努力をリード」することであり、全体ではコペンハーゲン合意で「take note」した2020年17%削減を実現しようとするものである。「炭素汚染の削減」では環境保護庁に対して新規および既設の発電所に対する温室効果ガスの排出規制を提示するように指示をすることを公言している。これにより新規発電所に対する規制は2013年9月までに提示することとなる(9月20日に環境保護庁により発表)。これは2012年4月に暫定的に提示されている原単位規制(453g-CO2/kWh)であるが、多くの反発を招いて混迷をしているところである。環境保護庁は既設発電所については2014年6月(もともとは2013年4月であった)、提案、最終ルールは2015年6月に延ばしている。CCS(炭素回収・貯蔵)技術を導入などのために「気候行動プラン」では融資保証(loan guarantee)のために80億ドルを盛り込んでいる。2020年までに風力発電と太陽光発電を2倍にするゴールも設定した(これは再選キャンペーン中の発言と同じ)。その結果2025年には300万kWの設備要量となる。また、連邦レベルで2020年までに20%のRPSの導入を要求している。2018年以降のモデルの大型トラックにおいては燃料効率基準を導入し、バイオ燃料を活用するために再生可能燃料スタンダードを設定するとしている。ビル・電気製品でエネルギー効率ターゲットを導入することにより2030年までに30万トンの排出を削減することを盛り込んでいる。