オバマ政権の環境・エネルギー政策(その14)
原子力等への対応に関する政治動静
前田 一郎
環境政策アナリスト
113国会の上下両院の原子力政策の論点の中のもっとも関心がもたれるのが前々回述べた使用済み燃料・廃棄物管理に関する法案への対応である。これらについて少なくとも上院ではマコースキー(共和)ランドリュー(民主)らは協力的立場にある。上院のエネルギー天然資源委員会の委員長にはワイデン議員(民主)が就任したが、ビンガマン前委員長の路線を引き続き、共和党トップのマコウスキー(共和)とともに超党派的対応が目立つ。
ワイデン議員は使用済み燃料管理法案については超党派的ムードを作り上げるのに心を砕いている。一方、環境規制には強い影響力をもつ上院環境・公共工事委員会の妥協は困難なようだ。カリフォルニア州出身ボクサー(民主)が引き続き委員長であり、気候変動法案の前進には前向きであるが、石油・天然ガスの生産拡大の取組みには反対の立場であり、原子力に対しても強な立場をとる。上院全体を見渡すと原子力支援派と慎重派がバランスしたままである。
下院エネルギー商業委員会は前回のべたとおり、大きな変化はない。アプトン議員(共和)が委員長、ワックスマン議員(民主側トップ)、同委員会の下の環境・経済小委員会はシムカス議員(共和)が委員長、同じくエネルギー・電力小委員会のはウィットフィールド議員(共和)という体制である。このような情勢下で気候変動法制に反対、環境保護庁の規制に批判的、「石炭への戦争」はエネルギーコストを上げ、経済と家計にマイナスという立場で旗幟鮮明である。下院は原子力に対しても概ね前向きの立場に立っており、原子力発電の新設を進める後ろ盾になっている。
原子力の諸課題-リーマンショック後の資金難
そんな中で30年ストップしていた新規原子力発電所建設が始まっている。オバマ大統領就任時の2009年には原子力新規立地計画が30以上あった、いくつかのプロジェクトは政府の融資保証から漏れ、リーマン危機によって資金調達に大きな影響を受け、頓挫した。テキサス州ではSTP(サザンテキサスプロジェクト)、コマンチェピーク、ビクトリアマウンテン、メリーランドではカルバート・クリフスなどではプロジェクトがキャンセルされた。
2013年時点では建設が進むのは融資保証を受けているサウスカロライナ電力ガス会社のバージル・C・サマー2基、サザンカンパニーのボーグル2基の計4基である。
米国の電力会社の習性として、融資保証が受けられない場合、たとえ金融市場に資金があっても電力会社のほうが巨額な費用を調達することに尻込みをする。また、2008年金融危機までの建設資機材の高騰による予算の膨張に苦慮しているといえそうだ。原子力発電所新設が始まった中で新たな課題が見えてきている。
原子力の諸課題-フクシマの影響
2011年日本の福島原子力発電所事故によって、当然のことながら米国でも世論調査においける原子力支持率は下がった。しかし、国民心理にはそれほど大きな影響は与えていないようだ。米国においては福島第一原子力発電所対応を原子力規制委員会(NRC)にすべて任せた。具体的には2011年3月には原子力規制委員会(NRC)は短期タスクフォース(NTTF)を発足させ、90日以内に勧告を出すように指示をした。まず2011年10月には緊急時の高い「ティア1項目」が選定された。その項目は下記からなり、勧告をすることが求められている。
地震・洪水対策再評価、地震・洪水緩和策、発電所電源喪失時ルール、設計時想定を超えた事故対策、使用済燃料プール対策、緊急時手続ルールの統合、発電所人材配置とコミュニケーション強化など
これらを対象とした勧告は迅速に展開されることが要求されており、たとえば発電所電源喪失時ルールは2014年4月にルールメーキングされることが決まるなどNRCのオーダーが発せられている。「ティア1項目」に続き、現在「ティア2項目」では中期的な対策が論じられており、発電所電源喪失リスク緩和戦略、緊急時対応の規制行動、他の自然災害対応についてルールメーキングをすることが求められている。国民が動揺することなく対策を見守るのは既存の法律により既存の組織に依存し、科学的見地から再発防止策の実現を目指そうとしているところにスリーマイルアイランド事故などの経験による整然とした対応のあり様がみてとれる。
原子力の諸課題-技術者の要請
実際に原子力発電所の新規建設計画が動き出す際に問題になるのは、サプライチェーンの再構築と原子力技術者の養成だ。30年間のブランクによって、鍛造品を含め、機材などのほとんどを海外から調達する必要が生じている。また、ベビーブーム世代が引退する今後数十年の間に、原子力技術者も大量に引退してしまうという現実もある。この点はサプライチェーンの問題以上に深刻である。各電力会社は早期の人材養成に躍起になっている。
サプライチェーンに対しては日本企業も米国内原子力支援のために米国内の拠点に多数人員を配置している。しかし、原子力技術者の人材養成は一朝一夕には成らない。電力会社や原子力規制委員会、業界団体が、大学との連携を強めるなどし、技術者養成を開始している。
加えてアメリカ人の特性である「人にものを教えること」ことの美徳を活用し、いわゆるメンター制度が多く取り入れられている。これは先輩社員が、後輩社員や新入社員の指導を継続的に行い、業務の習得を促す米国の習慣である。しかし、ただ単に同じ業務だけでなく、新たにキャリアアップのために新しいポストに応募する際に別の仕事をする人にメンターリングを制度としてさせるという場合もある。通常空席となったポストは社外も含めて応募させて選定するので、そのポストに見合う業務知識が必要とされるからである。メンターとなりたい人とメンターを求める人のマッチングは自然発生的に行う場合があるが、制度として人事部門が橋渡しを行う場合もある。人材養成に危機感を感じる会社はこの制度に対して熱心である。
また、別の会社では、職務を細かく種類に分け、それぞれの職務(サブジェクトマターと呼ぶ)に専門家(サブジェクトマターエキスパートと呼ばれる)を一人置き、業務知識の横への展開を図る。さらにそのナレッジをデータベース化する動きもある。これは特に原子力部門で採用されていたコンセプトマップと呼ばれる手法(EPRIが開発)を用いる。
例えば引退する熟練技術者がいたとする。その技術者は伝承するために必要な知識の形式化ができない場合や、その技術者には当たり前だが他の人には当たり前ではないという場合がある。さらに、人が「知識」と認識しているのは実は氷山の一角であって、その下には膨大な「ナレッジ」があるという。そのナレッジを、技術者の頭の中からすべて引き出し、後任者に見えるようにする。これがコンセプトマップだ。
こうした試みが原子力から次第に他の部門にも展開されている。各企業はさまざまな手法を用いて、技術、特に現場技術の伝承に力を入れている。それだけ大量のベビーブーマー世代の同時引退が脅威だということになる。これらの取り組みは、時間はかかるかもしれないが、地道にしっかりと米国内で進んでいるようだ。