オバマ政権の環境・エネルギー政策(その8)
LNG輸出を巡るワシントン政治
前田 一郎
環境政策アナリスト
経営トップたちの懸念
LNG事業者の最大の関心は需要がきちんと継続することである。LNGプロジェクト所有者のトップから筆者が聞いたことは、1970年~1980年代のような規制によって市場を歪めてしまうことであった。
それまでパイプラインと井戸元価格が一体化されて顧客に転嫁されていた天然ガス価格は1978年の天然ガス政策法により大きな転機を迎えた。これにより井戸元価格の規制が撤廃された。さらにそれ以降の改革により、パイプライン利用はパイプライン事業者以外の需要家・供給者などにも利用が開放されるパイプラインのコモンキャリアー化が図られた。価格が低いことは消費者にとって重要であるが、やがて供給力が減じてくると価格を高く設定して供給力確保のインセンティブをつけなければならない点がクローズアップ。天然ガス価格の価格規制によって開発・生産コストは実際よりも低く評価され、天然ガスの生産量は1966年から1978年にかけて低下していった。
1978年天然ガス政策法は新たに生産される井戸元価格を引き上げ、新たなガスの開発・生産にインセンティブをつけようとするものであった(「ニューガス」と呼ばれた)。このとき一方でパイプライン業者と間ではテイク・オア・ペイによる契約形態は続いた。これは引き取りがないときでも買取を義務化することによって安定的な取引を生産・流通・販売・消費の中で確保しようとするものであった。1970年代の供給不足時には都合はよかった。しかし、ニューガスによる井戸元高価格に加えてテイク・オア・ペイ条項は高価格構造を定着させることにつながった。井戸元価格の上昇により産業需要は減退し、市場は供給過多に陥り、テイク・オア・ペイ条項により、実際の引き取り量よりを上回るガスの量に対する支払いも発生し、需要は減退しているのに価格は上昇するという状況を生み出した。
しかし、その後のさまざまな規制緩和により、多様な市場(取引拠点としてハブやシティーゲートの拡大)、多様なサービス、多様な市場参加者の登場(自ら需要をもたないマーケッター)により、市場は透明性が高まった。取引も今では改善されている。しかし、経営トップたちは、規制による価格・需要の変動がなるべく起こらないことを第一に重要に考えるようになっている。価格が上がるよりは、需要が安定的に推移することをなによりも重視しているのだ。1970年代・80年代の法律の改正による連邦エネルギー規制委員会(FERC)などの規制の介入は事業者には大きな負担を強いるものであった。シェールガスの生産増加による市場の変化は本来規制が生み出したものではない。民主党の中にある、国内使用を優先させるという考えは産業界・環境派の求めるところではあるが、それにより規制を導入して市場をゆがめる結果になることに大きな懸念を当事者たちは抱いている。
連邦エネルギー規制委員会の認可の動向と地元の理解
エネルギー省の輸出許可に加え、上記のとおり州をまたがる施設の立地・建設・運転については連邦エネルギー規制委員会の承認のための申請が必要となる。もしプロジェクトが認可されれば連邦エネルギー規制委員会は「公共便益・必然性認可証」(Certificate of Public Convenience and Necessity)を発給する。エネルギー省の申請は比較的時間もコストもかからないが、連邦エネルギー規制委員会の申請の方は時間とコストがかかる点に注意を要する。
連邦エネルギー規制委員会は、議会からの圧力もあり、シェニールのサビーンパス建設の最終認可を2012年4月に与えるなど、精力的に申請および仮申請プロジェクトの審査に入っている。それに続いてフリーポート、レークチャールズ、ドミニオンコーヴ、カメロン、ジョーダンコーヴなどの事前申請への検討が始まっている。
個別のプロジェクトの承認は、最終的には連邦エネルギー規制委員会に関わってくる。したがってLNG輸出プロジェクトは連邦エネルギー規制委員会の承認プロセスを通っても期待されていたプロジェクトの商業的フィージビリティーは連邦エネルギー規制委員会の要求する規制により減ずることなく、維持されなければならない。LNGプロジェクトは一般的に言って連邦エネルギー規制委員会は他の連邦、州、地元とのコンサルテーションを必要とし、それらからの必要な許可を得る必要がある。それらの中には米国沿岸警備隊による「水資源維持アセスメント」、米国陸軍工兵司令部や他の連邦機関による規制がある。それに加え一層困難なものが州・地元からの了解である。一般的に連邦エネルギー規制委員会は地元との調整のために公聴会を開催する。地元が求める場合もある。筆者は連邦エネルギー規制委員会主催の公聴会を傍聴したことがあるが、地元の一般市民は、「歴史的建造物・インフラがある」、「景観を損ないたくない」、「連邦エネルギー規制委員会の周知のしかたが不親切である」、などなど反対のためのありとあらゆる発言に連邦エネルギー規制委員会職員はたじたじとなり、メモを取るだけで有効な反論はできない。彼らは地元の利害に基づいてのみ発言をする。彼らの主張は、いわゆるBuild Absolutely Nothing Anywhere Near Anyone「BANANA」である。一般的にテキサスなどの産エネルギー地域の地元は好意的であるが、東・西海岸などの人口が多く、さまざまな施設が集積しているところでは了解の意思を表示する人はきわめて少ない。実はLNG輸出問題は政治・政権にあるのではなく、米国の広範な草の根の市民たちの理解なしには実現しないというということを忘れてはならない。日本におけるLNG価格フォーミュラはこれまで原油価格リンクとなってきており、世界のLNG価格とは異なっていた。そういう意味で日本にとって見れば北米産LNGを調達し、北米で使用されているヘンリーハブ価格指標を導入、全原油平均価格(JCC)とは別の指標が使われることにより、価格が低減する可能性がある。しかし、それはあくまで日本の都合であって米国の都合をよく考える必要がある。ワシントンの政治・ロビーの動きだけでみると過ちを犯しかねないということを注目しておく必要があることを強調しておきたい。