オバマ政権の環境・エネルギー政策(その3)

理想的過ぎたアメリカ進歩センターの主張


環境政策アナリスト

印刷用ページ

 アメリカ進歩センターが2007年11月27日に掲げた「エネルギーチャンスをとらえて――低炭素経済の創造(Capturing the Energy Opportunity: Creating a Low-Carbon Economy)」という報告書を具体的に各項目をみていこう。
 排出枠量については、全量をオークションすることを主張。これにより年間750億ドル(2009年2月発表の予算教書では800億ドル)の収入を見込んだ。この収入の10%はエネルギーを大量に消費する産業への支援にあて、90%の半分は低中所得者の高価格化するエネルギー所得を補填し、残り半分は炭素経済への移行を促進するための技術開発に活用するとしている。なお、この点は前述のように後にオークション非導入の議論が議会で優勢を占め、大きな譲歩を迫られた。
 また、石油産業における連邦減税と補助金の廃止については、ブッシュ前大統領が厚く遇してきた石油業界に対する特別措置を、全部取り払うとしている。減税を廃止して得た収入は代替低炭素経済移行のために振り向ける。
 自動車の燃費改善については、目標値を2020年に1ガロンあたり40マイル(1リットルあたり17キロメートル)、2030年には同55マイル(同23キロメートル)に定める。アメリカの自動車産業の競争力を向上させ、労働者の雇用を確保することを目的としている。また、運輸部門における低炭素代替燃料の生産と拡大についてだが、低炭素代替燃料、いわゆるエタノールを2025年までに25%導入するとしている。またハイブリッドを含め、電気自動車の導入も進めるとしている。
 さらに輸送機関に対する低炭素型インフラの投資を行うとしている。これは、つまり地域における鉄道などの大量輸送機関や、都市部をつなぐ新幹線のような長距離高速鉄道を導入しようというものだ。
 「エネルギーチャンスをとらえて――低炭素経済の創造」報告の中で前回示した10の政策提言うち6番目にエネルギーの生産・輸送・消費の効率化をあげている。国家エネルギー効率資源基準(National Energy Efficiency Resource Standard)では、電気・ガスの使用量を2020年までに10%削減すると主張しており、同時に電力・ガス会社が省エネルギーに伴う収入減を、料金面から補填する分離策も提案している。
 再生可能エネルギー電源については、2025年までに25%に拡大すること、さらにCCS(炭素分離貯蔵)の利用も訴えている。
 特徴的なのは、ホワイトハウス内に国家エネルギー会議、あるいは国家エネルギー・環境会議という名の新しい組織を設置することを提言していること。1947年に設置された国家安全保障会議、1993年に設置された国家経済会議に続き、エネルギー関連についても設置すべきとの提言だ。国家安全保障会議、国家経済会議に続いて一層権限をホワイトハウスに集中させる考えである。
 国家安全保障会議は1947年立法化された。当時の大統領、フランクリン・ルーズベルトは、立法に対する行政の優越性に注力してきたが、また各行政諸組織に分断されている安全保障に関する情報を一元的に収集・分析し、政策を立案し、大統領への助言を行うとともに関係各省庁間の調整をすることとした。国家エネルギー会議にはエネルギー効率の向上と温室効果ガスの削減の役割が求められている。
 さらにこの報告書では、国際的な地球温暖化対策のリーダーシップをとることを主張している。G8(主要国首脳会議)に倣いE8を主張し、途上国においてエネルギー高価格によって影響をうける人々のための貧困対策を実施するべき、そのための費用はキャップ&トレードのオークション収入を振り向けるべきと主張している。
 この報告書で一点注目しなければならないのが、原子力に対する評価である。既存原子力発電が低炭素エネルギー源の重要な役割を占めるものの、廃棄物処分、拡散の脅威は未解決のまま残るとしている。この点は、後述する現政権に送り込まれた本シンクタンク出身閣僚などにもみられる考え方である。
 このように、アメリカ進歩センターによる2007年の提言は、当初のオバマ政権のエネルギー・環境政策とかなり一致している。そしてこのシンクタンクは実際に政権内部に人々を送りこんだ。しかしながらアメリカ進歩センターの失速によって多くの政策は実現しないままにされ、すでに過去のものとなっている。この報告書にある「国家エネルギー会議」も注目すべきテーマであったが、国家安全保障会議、国家経済会議にあるエネルギー関連のテーマとの調整もなされず、取り組みへの熱意は完全に失われている。

オバマ大統領政権の産業寄りの側面

 もう一つ、オバマ政権を支えるシンクタンクとして全米エネルギー政策評議会(National Commission on Energy Policy)という団体がある。民主党ばかりではなく共和党も含め、エネルギー・環境面で超党派的なアプローチをしようとするシンクタンク。アメリカ進歩センターが理想主義であるのに対し、このシンクタンクは産業寄りといわれている。
 ハーバード大学のジョン・ホルドレン教授とともに同シンクタンクの共同議長を務めるジェイソン・グルメー氏は、オバマの大統領選挙において、エネルギー・環境政策を担当していた。オバマ政権は、理想論ばかりでなく現実的な視点も重視している。なお、全米エネルギー政策評議会はアメリカ進歩センターと異なり、大統領予備選から一貫してオバマ大統領を支えた。

オバマ政権のエネルギー・環境関係者

 ここで簡単に第一期オバマ政権のエネルギー・環境関係者をまとめておこう。以下はワシントンでエネルギー・環境面の専門家から聴取した内容によって考え方別に分類けしている。特に、この分析にあたっては米シンクタンクの国際技術貿易アソシエーズおよびブレイスウェル&ジュリアーニ法律事務所からは大変多くの示唆を頂戴した。

① 経済と環境の両立を図る現実主義者=サマーズ国家経済会議議長(写真)など

 経済政策とエネルギー・環境政策の融和を図る現実主義者で、環境保護にも原子力にも理解のある人々である。クリントン政権時の財務長官でハーバード大学学長も努めたサマーズ(Lawrence Summers)氏が国家経済会議の議長に指名された。その他、アメリカ合衆国行政管理予算局長のピーター・オルザック(Peter Orszag)氏、財務省環境・エネルギー副次官補のビル・パイザー(Bill Pizer)氏、エネルギー・環境大統領補佐官ナンバー3のジョー・アルディ(Joe Aldy)氏もここに分類される。パイザー氏、アルディ氏は未来資源研究所(Resources for the Future=略称RFF)の出身。 RFFには、これまで日本の多くのシンクタンク、大学から派遣されており、主だった企業が会員会社になっているため、米国環境政策へアクセスの有力な機関となっている。サマーズ国家経済会議議長については、景気刺激策を批判されたこと、その報酬に疑惑などもあり、国家経済会議議長の職を離れ、再びハーバード大学に戻った。パイザー氏もアルディ氏もサマーズ氏に続いて政権は去り、現在では学究の人に戻っている。国家経済会議議長のサマーズ氏の後任は、ガイトナーGeithner)財務長官に近いとされるジーン・スパーリング(Gene Sperling)氏となっているが、エネルギー・環境政策への影響力は少ない。ここで挙げた多くの人たちはそれぞれの理由で政権を去っていたが、次に述べる環境優先派の失速により、オバマ政権の中での現実主義者派路線は維持されている。

② 環境優先派=ブラウナー大統領補佐官(写真)など

 エネルギー環境政策においてはなにより環境を重視し、地球環境のために原子力に否定的な人々だ。クリントン政権の環境保護庁長官で、オバマ政権ではエネルギー・環境大統領補佐官となったキャロル・ブラウナー(Carol Browner)氏がここにあげられる。アメリカ進歩センター出身で、エネルギー・環境関連では現在、ホワイトハウスで最も影響力が強く、ツァー(皇帝の意味)とも呼ばれたが、議会でのキャップ&トレードを含む環境法案が成立の可能性がなくなったとみるや同職を辞職した。彼女の動向によっては、原子力政策に影響を与えることがあるかもしれないと筆者は見ていたが、彼女の辞職により、環境優先派がホワイトハウスで大きな勢力を得ることはなくなっている。
 このほかエネルギー・環境大統領補佐官ナンバー2のヘザー・ザイカルHeather Zichal)氏、環境保護庁アドバイザーのリサ・ハインツァリングLisa Heinzerling)氏、科学担当補佐官のジョン・ホルドレン(John Holdren)氏もここに分類できるだろう。ザイカル氏がブラウナー氏の後任となっている。

③ 組織重視派=チュー・エネルギー省(DOE)長官(写真)、ジャクソン環境保護庁長官など

 エネルギー庁長官のスティーブン・チュー(Steven Chu)氏を代表に、組織重視派、行政の継続を訴える現実的な政治家集団がいる。このほか、環境保護庁長官のリサ・ジャクソン(Lisa Jackson)氏、大統領府環境諮問委員会委員長のナンシー・サトレー(Nancy Sutley)氏、政権移行チームの共同議長を務めたジョン・ポデスタ(John Podesta)氏、エネルギー政策国家評議会の共同議長のジェイソン・グルメー(Jason Grumet)氏があげられる。

ホワイトハウスに権限集中、国連重視も

 オバマ新政権の特徴としては、従来の政権よりも、より一段と各省庁からホワイトハウスに権限を集中させた点があげられる。これは旧来の流れではあるが、オバマ大統領はそれを一歩進めたとみることができるだろう。ブラウナー、サトレー、ジャクソンという、クリントン政権時代の環境保護庁の3人のメンバーを政権内に指名したことからも、ホワイトハウスにおいては環境政策に力を入れてようとしたとみることができる。
 なお、もう一つの特徴は国連重視だ。国連大使としてスーザン・ライス(Susan Rice)元国務次官補を起用し、しかも異例の閣僚級の扱いとした。ブッシュ前政権での国連軽視から、オバマ政権では国連重視に大きく舵を切ったといわれているが、その表れがこの国連大使人事といえる。

ホワイトハウスと議会

 オバマ政権が最初に取り組んだ景気対策法案について触れる前に、米国の議会制度と大統領府の関係について、簡単なおさらいをしておく。
 大統領制の米国では、立法、行政、司法の3権が、日本の議院内閣制よりもはっきりと分離しており、大統領はあくまで行政の執行権があるだけであり、方針を示すことはできても、法案提出さえできない。2009年2月に成立した景気刺激法も、大統領が議会に成立を要請し、これを受けて下院、そして上院でそれぞれ法案をもみ合い、最終的に両院ですり合わせて法案が成立した。この景気刺激法案は2008年度補正予算として扱われているが、米国では各政策については実質的な審議をする各委員会とは別に、その政策に伴う予算執行については、歳出委員会が予算審議権をもち、大きな権限を有している。通常の法案は予算権限だけを定めており、予算そのものは歳出法と呼ばれ歳出委員会が毎年決定する。景気刺激法案も当初のオバマ大統領の要求よりも大きな予算が割り振られることになったが、それだけ議会、もっといえば歳出委員会の権限が大きいことになる。歳出委員会は予算に関連してさまざまな情報収集・分析を行うスタッフを抱えているが、彼らは大変優秀であり、大きな権限を持っている。内閣が予算提出権を持っている日本とは、基本的な仕組みが大きく異なっている。
 大統領選では、同時に上院議員、下院議員の選挙も行われる。下院は全議員が、上院は3分の1が選挙の対象となる。これは中間選挙の時も同じである。
 2008年11月の選挙のとき、民主党は下院435議席中254議席を獲得。上院でも100議席中58議席を獲得した。2009年に入ってミネソタ州が民主党議員で確定。さらにペンシルベニア州選出共和党議員が民主党に鞍替えし、民主党は上院で60名に達した。議会と大統領を民主党が制覇した。
 上院の60議席は共和党の議事妨害(フィリバスター)を阻止できるため、政権は安定多数を得たといえる。ただし、米国の上院議員の場合、党の拘束より、「大陸会議」(独立前の植民地代表者組織)の伝統から、政党の利害より自州の利害を優先する投票行動をとる傾向にある。このため60議席を取ったとしても、すべての政策が円満に運ぶわけではない。
 ただし、2010年中間選挙において下院で民主党が議席を大幅に減らし、共和党が過半数を得た(民主党193議席、共和党242議席)。また上院でも民主党は過半数を得たものの7議席減らし、53議席に共和党は47議席に回復した。これで上院はフィルバスターも可能になり、上下院は「ねじれ国会」となり、オバマ政権はあっという間に厳しい政権運営を迫られることになった。この傾向は2012年大統領選挙時に実施された議会選挙においても継続し、下院は引き続き共和党過半数を制し(共和党242議席、民主党193議席)、上院も民主党53議席に対し、共和党45議席(ただし、民主党系独立系2議席)となって現在に至る。
 党議拘束が強いとされる下院においても、2009年6月に下院で可決された温暖化対策法案(ワックスマン・マーキー法案)は、圧倒的に民主党有利にもかかわらず、7票差という僅差であった。民主党でも反対する議員が多く、44名の造反議員を出し、共和党側の一部の支持がなければ成立も危うかった。このように、米国のエネルギー・環境政策をみるとき、大統領の方針よりも議会の動向を注目しないと法案の成立を見誤ることになる。

記事全文(PDF)