補論「本格稼働を始めた二国間クレジット制度」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
1.日・モンゴル間の二国間文書について
「日・モンゴル低炭素発展パートナーシップ」では、まず、日本とモンゴルが、国連気候変動枠組条約の究極的な目的(人為的な温室効果ガス排出の安定化)及び持続可能な開発の達成のため、2013年以降も協力して気候変動対策に取り組むこと(パラ1)、そのために国連の下並びに地域的及び二国間枠組みで緊密に政策協議を行うこと(パラ2)をうたっている。この枠組みが排他的なものではなく、国連の下でのグローバルな協力枠組みや東アジアなどの地域的協力枠組みと相互に補完しながら進めていくものであることを表すものである。また、個別国の事情に応じた協力のため政策協議の役割を強調している。
次に、モンゴルの低炭素発展を実現するための投資並びに低炭素技術、製品、システム、サービス及びインフラの普及を促進するためJCMを創設し、それぞれの関連する有効な国内法令に従って実施すること(パラ3)、JCMの運営のため、両国の代表からなる合同委員会(Joint Committee)を設置することとしている(パラ4)。この合同委員会が、分野毎の排出削減・吸収量の定量化のための方法論や第三者機関の認定要件など、JCM実施のための詳細なルールを作る事になる。いわば、京都議定書におけるクリーン開発メカニズム(CDM)理事会のような役割を担う訳であり、その役割は重要である。これまで様々な国や分野で行ってきた実証研究も踏まえつつ、各分野の官民の専門家の知見を活かしながら、ルールづくりをしていく必要がある。
パラ5では、JCMの下での緩和事業における認証された排出削減又は吸収量を、日本とモンゴルが国際的に表明したそれぞれの温室効果ガス緩和努力の一部として使用できることを相互に認めることとしている。JCMが国際的に認知される制度とする為の中核となるパラであるといってよい。また、JCMを動かす上で、当該国、とりわけ日本が自らの排出削減目標を明確にすることがカギであることを示している。排出削減目標を明確にしない限り、その達成手段であるJCMクレジットへの需要も生み出されない。
パラ6、7では、JCM運営にあたっての基本的な原則(堅固な方法論、透明性、環境十全性、簡易実用性、ダブルカウント防止)をうたっている。国連CDMのように環境十全性を過度に強調するあまり使い勝手が悪くなっては元も子もないが、JCMの信頼性確保のための努力を惜しんではならない。合同委員会による詳細なルールづくりの段階で、これら基本原則が求める様々な要素をバランスよく考慮する必要があろう。
パラ8は、JCMを実施する上で必要な資金、技術、キャパシティビルディング支援の円滑化のため双方が協力することに触れている。新たな制度の運営においては途上国側の体制構築は不可欠であり、JCMを動かす上での日本の支援の役割は大きい。
パラ9は、JCMを当初は取引を行わない(non-tradable)クレジット制度として開始し、実施状況を踏まえつつ、取引可能(tradable)なクレジット制度への移行の協議を行い、可能な限り早い段階で結論を得ることとしている。市場機能の活用という観点からは、取引可能なクレジット制度が本来望ましいと言えるが、制度の運用がより複雑、困難になることは国連CDMや欧州の事例が示している。また低炭素技術の普及、関連投資促進のための市場であって、市場のための市場であってはならない。以上の事情から、“learning by doing”、段階的アプローチをとることが現実的であろう。
パラ10は、取引可能なクレジット制度移行後の、JCMを通じた適応支援の可能性に触れている。国連CDMではクレジットの一定割合が適応基金に拠出される仕組みとなっている。JCMでも緩和のみならず適応対策に配慮する仕組みを備える事は、JCMの途上国側にとっての魅力を高める上でも、検討すべき課題といえよう。
パラ11は、この仕組みがカバーする期間として、新たな国際的枠組みが効力を生じ得る時点までの期間とするとしている。その一方で、国連での交渉進展を踏まえた延長の可能性にも触れている。JCMの実施が、将来枠組みについての現在の国連交渉の結果を予断しないための配慮である。もっとも、本制度が成果を出す事で、将来枠組みを巡る国連での議論にインパクトを与えることを排除するものではない。むしろ、ルールメイキングにおける日本の貢献として積極的にアピールすべきであろう。