電力市場自由化で英国はついに節電の時代に突入


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 6月下旬にパリで開催されたEU-アジアのエネルギー・環境政策のシンポジウムに参加し、発表する機会があった。このシンポジウムは中国、インド、日本、シンガポール、EUの研究者10名ほどが参加し、各国のエネルギー政策を議論する大変有意義なものだった。その内容は、参加者の論文としてまとめられ、シンガポール大学が書籍として発行する予定なので、またご報告する機会があると思う。今回はパリの後訪問した英国の話だ。
 パリでの議論の後、6月28日にロンドンに移動した。ホテルでチェックインの手続きをしている時に、フロントにおいてあるフィナンシャルタイムズ紙{写真}に、なにげなく目をやったところ、1面の真ん中に送電線鉄塔の写真があり、何事かと驚いてしまった。記事のタイトルを見ると、写真の左側に「英国産業界ドイツの中堅企業に肉薄」とあり、右側には「・・・しかし、電気のリスクが登場」とある。「日本と同じ電力不足の状況か?」と思い、思わず新聞を手に取っていた。まさしく電力不足の事態だった。
 英国の送電網を管理しているナショナルグリッドは、電力需要がピークを迎える冬場の午後4時から8時の間の節電を来年から実施するよう企業に対し要請したとある。製造業を中心に産業界に電気が必要なのは洋の東西を問わず同じだ。この要請に対する製造業の業界団体のコメントは「それは多くの企業にとっては無理だろう」だった。
 前日27日に英国の電力・ガス市場管理局が電力市場に関する報告書を出し、電力供給予備力が予想より早く2010年代中ごろに厳しくなるとし、エネルギー気候変動省による容量市場導入の必要性を訴えた。ナショナルグリッドによる節電要請は、需要面から緩和するための措置だ。
 電力・ガス市場管理局によると、15年から16年にかけて、供給予備率は需要の削減がなければ最低2%まで落ち込む。発送電で事故があれば、直ちに停電するレベルだ。この結果、供給が途絶する可能性は今までの47年に1回から12年に1回に上昇する。
 英国では90年に電力市場を自由化した結果、ピーク対応の発電設備を中心に新規電源への投資が減少した。設備を作っても電気を買ってもらえなければ収入はないが、自由化された市場では電気が必ず売れるとの保証はないので、誰も大きなリスクがある長期の投資を行わなくなる、自由化の当然の帰結だ。
 設備に余剰がある時代には供給の問題はなかったが、火力発電所も段々老朽化し、20年までに5分の1が閉鎖される予定になった。それでも、建設後収入が得られるかどうか確実ではない発電所へ投資する事業者は現れない。英国政府が発電所への投資を促進する制度として導入するのが、設備を建設すれば、発電をしなくても一定の額を支払う「容量市場」と、原子力と再生可能エネルギーを対象にした常に一定額で電気を購入する「固定価格買い取り制度」だ。しかし、15年から16年の電力供給力増には間に合うはずもなく、当面乗り切る手段は節電ということになった。
 停電が現実味を帯びる前に、なぜもっと早く「容量市場」導入を行うことができなかったのだろうか。エネルギー気候変動省などの複数の英国政府関係者に尋ねてみた。まず、挙げられたのは連立政権ゆえの意思決定の遅さだ。3年前の政権交代により保守党と自由党の連立政権が誕生したが、連立政権では意思決定が遅くなる傾向にあり、発電設備量に問題が生じると分かっていても速い意思決定ができなかったということだ。さらに、英国政府の意思決定では、多くのケースを検討することによる積み上げ方式が取られることが多く、これも時間がかかる原因と指摘する関係者もいた。
 いずれにせよ、発電設備への投資を促進する制度がなければ、市場の自由化は設備の減少を招く。市場の自由化時には同時に設備への投資促進策を導入しなければ、英国と同じ問題に直面するので、電力市場の改革時には最初から制度をよく考えなければとのアドバイスもあった。
 また、容量市場導入の結果、需要家には設備の負担額が発生するために、電気料金は上昇する可能性が高いとの指摘もあった。設備は入札により選択されるため、事業者は設備投資額を抑えないと落札できない。一方、投資額を抑えると貧弱な設備になり発電時に問題が発生し、収入を得られないかもしれない。これもジレンマだ。
 日本の電力市場改革に関する電気事業法の改正案は廃案となった。「法改正、電力市場の自由化により、電力供給力が強化され、電気料金が下がるはずだったのに残念」と評するマスコミもあるが、市場を自由化した英国の現状を知っていれば、こういうコメントは出てこないだろう。送電線が大陸と繋がり、産出量が減少しているとはいえ天然ガスと石炭の生産を行い、さらに膨大なシェールガスの埋蔵量を持ち、これから採掘を行う英国より、日本は、エネルギー安全保障の面で、はるかに恵まれていない現実をよく考える必要がある。