「電力システム改革」は「電力の全面自由化」

その前提条件は、再生可能エネルギー固定価格買取(FIT)制度の優先廃止でなければならない


東京工業大学名誉教授

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 実は、いま、電力料金を安くしたい(高くしたくない)との消費者の願望を満たすための方法は、現状で最も電力生産コストの安い既設の原発を再稼動させることである。しかし、原発事故の教訓から、原発に頼るのがいやだと言う人が多数いる。さらには、いままで原発電力の生産コストのなかに含まれていなかった廃炉や使用済み核燃料の処理、処分費、さらには事故時の賠償費の見積もり額を含めた値は推定のしようがないから、市場経済原理に基づいて「安い電力」を求める限り、消費者にとってだけでなく、電力会社にとっても、今後の新設を含めた原発の存続は考えられない。代わって、現時点で発電コストの一番安い石炭火力発電を用いればよい(文献2参照)。また、もし、シェールガスブームのなかで天然ガス(LNGでなくパイプラインで供給される天然ガス)が石炭より安くなれば、それを用いればよい。これら化石燃料による火力発電のコストより低いコストで自然エネルギー電力を導入できるようになった時に初めて、その利用を図ればよいが、それは、かなり遠い将来と想定される。これが、市場経済原理にしたがった②の電力の小売りの完全自由化でなければならない。これに反して、現行の自然エネルギー導入促進のためのFIT制度では、太陽光、風力、中小水力、地熱、さらにはバイオマスの全ての発電について、それらが、現用の化石燃料主体の発電システムと競合した収益事業として成立するように、それぞれの電力の買取価格が決められているから、これら電源種類別間の市場経済原理による競合が起こりようがない。すなわち、②の電力小売りの完全自由化の目的を完全に否定してしまう現行のFIT制度の廃止こそが、今回の改定の前提条件にならなければならない。

FIT制度による自然エネルギーの利用では原発は止められない

 いま、反原発、脱原発を訴える人々は、原発電力の代替は自然エネルギー電力だとし、それを原発廃止の必要条件としている。しかし、この自然エネルギーの利用・普及を訴えることが、いま、原発が無くては「国民の生活と産業のためのエネルギーを賄うことができない」とする野田前首相の発言を利用して、原発の維持を図ろうとしている現政権にうまく利用されていることに気が付いていない。政府は、意図的にそうしているわけではないと思うが、結果的にそうなっている。すなわち、政権奪還に成功した安倍政権も、FIT制度を使って、原発代替の自然エネルギー電力の利用・拡大を図ったときの市販電気料金の値上げ金額を国民に提示した前民主党政権の方針をそのまま踏襲することで、原発電力の維持の必要性を訴えている。しかし、上記したように、原発電力代替として、当面、石炭火力発電を使えば、自然エネルギー電力の利用拡大による市販電力料金の値上げをしないで済むどころか、値下げさえ可能となる。この事実が意図的に隠されていると言うよりは、同じ発電量を得るためのCO2排出量の大きい石炭の使用が、地球温暖化対策上許されないとして、その使用を頭から否定してきた前政権の立場が継承されている。
 このように、いま、原発電力代替としての自然エネルギーの利用・普及の拡大のために用いられているFIT制度であるが、もともとは、地球温暖化対策を目的としてEUで考案、利用されてきた。地球温暖化対策としてEUのやっていることに無批判に追従している日本がEUに倣って進めようとしているこのFIT制度が、いま、本場のEUで、国民の経済的な負担を大きくするとして大きな問題になっている。強い経済力を背景にしてこのFIT制度により大幅な自然エネルギー電力の利用拡大を図ってきたドイツでは、福島原発事故の教訓から廃止を決めた原発の代わりに、自国産の褐炭の利用による火力発電を増強している。電力料金を下げるためである。世界一優れた石炭火力発電技術を持つ日本が、脱原発を目指す、目指さないにかかわらず、電力料金を値下げするために、このドイツに倣わない手はない(竹内氏による文献3 参照)。ドイツは、すでに太陽光発電や風力など自然エネルギーの高い導入率を果たして、CO2の排出削減に貢献しているから、石炭の使用が許されてもよいのではとの考えがあるかも知れない。しかし、ドイツの一人当たりのCO2排出量は8,78 t-CO2/年と、日本の8.46 t-CO2/年より僅かだが多い(2009年の値、文献4 )。これは、図1に示す発電量ベースのエネルギー資源別の電源構成で、石炭の比率が、ドイツの43.9 % と日本の26.8 % に較べて大幅に大きいからである。エネルギー供給の安全保障の観点から、ドイツの石炭は、その可採年数R/P(確認埋蔵量Rを現在の生産量Pで割った値)は223年と世界平均の118年を大きく上回っている国産資源であるが、日本では国内の石炭需要の大部分を輸入に頼っている(2010年の値、文献4)以上、ドイツの真似はできないとの考えもあるかも知れない。しかし、エネルギーの安全保障の観点からとして、電力供給用の資源をFIT制度を適用した自然エネルギーに依存していたのでは、上記したように電力料金の値上げで、日本経済の安全が保証されなくなってしまう。また、地球温暖化防止のためとしても、その費用対効果が明らかになっていない日本国内のCO2排出削減のために、FIT制度の利用で、国民と産業に経済的な負担をかける余裕は、いまの日本にはないはずでる。東日本大震災以後、今後、確実にやってくると予測される大地震や津波の恐怖に対して最低限の備えをするだけでも莫大な国家予算が必要になるはずである。