再生可能エネルギーは貿易戦争の新たな具へ

ルール構築競争の本格化


国際環境経済研究所主席研究員

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 昨年末に拙稿「再生可能エネルギーは貿易戦争の新たな具か」を掲載いただいた。その後のフォローアップと関連した若干の論考を述べておきたい。

1.国家プロジェクトに伴う軋轢
 
 2月7日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)がインドの米国へ対する反論内容をニューデリー発で紹介していた注1)発端は一日前に米国がインドの太陽光プログラムに対して行ったWTOに基づく協議要請である注2):US files dispute against India on solar panel products)。米USTRのプレスリリース注3)によれば、“オバマ政権はクリーンエネルギー分野の強化とそれに伴う雇用増加にコミットしており、太陽光エネルギーのインドを含む世界的な拡大を支持しているが、それは公平な競争に裏付けされたものであるべき”と指摘し、インドの太陽光プログラム(the Jawaharlal Nehru National Solar Mission (JNNSM))はインド国内の発電モデュール等の使用を求め、いわゆるローカルコンテント要求に基づく補助金政策を行うことで米国の関係事業者にとって競争が歪曲化されており、GATTの内外部差別や貿易に関する投資関連措置、補助金協定といった国際ルールに違反していると訴えたものである。

 先のWSJによれば、インド側の主張として、当該プログラムは350メガワットクラスのものに限定注4)されており、海外事業者にもオープンに扱われていると真っ向から反論しており、むしろ、国内事業者が海外(米国、中国、マレーシア、台湾を例示している)からの不当廉売に阻害されないよう反ダンピング措置をちらつかせるという姿勢を示しており全面対決の様相である。
 いわゆる新産業の育成段階は政府の関与がどうしても大きくなり、政府はあの手この手で国際ルールの隙間をついてターゲティングポリシーを投入するので、攻める側も守る側も高度な国際法論理を準備しているものであり、こうした案件はどうしてもこうしたWTOといった紛争処理の場に持ち込まれることになる。

2.増大する国際紛争

 以前の拙稿では、「再生可能エネルギーは貿易戦争の新たな具“か”」と問いかけたが、その方向はもはや明らかなようである。WTOの紛争処理パネルの時系列データ注5)で見るだけでも、2010年以降6件(2010年2件、2011年1件、2012年2件、2013年現時点で1件)もの再生可能エネルギーに関連する紛争処理が発生している。年間のWTO紛争処理発生件数は10件から20件程度(2012年は27件、2011年は8件、2010年は17件)ということからしても再生可能エネルギーをめぐる紛争の火種は増えてきているといってよいだろう。

3.ルールに基づく紛争解決だけでなく、ルール構築に基づく予見性向上を

 以前の拙稿では、日本とEUがカナダのオンタリオ州で行われている固定価格買取制度を訴えているケースを今後の示唆として紹介、若干の論考を試みた。

 その後、カナダと日本/EUはパネル結果に納得出来ない点があるとして、上級委員会(WTOの紛争処理は二審制)に各々2月5日と同11日に上訴している注6)。日本/EUの上訴理由は執筆時点(2月14日)ではWTO公式文書上オープンになっていないので、既にオープンになっているカナダの上訴理由(文書番号WT/DS412/10)を紐解いてみると興味深いことが分かる。

 誤解を恐れずに分かりやすく言えば、カナダはパネル(一審)がオンタリオ州の固定価格買取(FIT)は商業上の契約売買であっていわゆる政府調達の一環であると認められなかったことに納得していないということである。以前の拙稿ではどのような法的論点が争われたか関連文書が明らかになっていない(この点は当事国が各々上級審に持ち込んだため引き続きその状態が続いている)として今後の検討課題としたが、一つの論点は、政府のFITプログラムに基づく買取制度は政府調達として位置づけられるかどうかであったように想定される。すなわち、もし政府調達ということであれば、GATT3条8項(a)により政府調達の内外無差別例外として取り扱われうるからである注7)。この点は、事実認定の問題以上に、法律的にどう整理されるのか極めて興味深いところである。ルールに例外規定があるのは常であり、どのようなプログラムであれば正当と認められるのか、これは各国の政策担当者にとって非常に重要な示唆を含んでいる。上級委員会の審理は上訴申し立てから2ヶ月以内に行われ通常3ヶ月で結論を出す(generally, the Appellate Body has up to 3 months to conclude its report.)のでその結果が待たれるところである。

 本来、このような新しい分野の紛争処理は、既存ルールの概念で対応困難な場合も多く、パネル(判例)の積み重ねで対応していくのではなく、新たなルールを形成していくことが求められるのではないだろうか。本来、再生可能エネルギー政策に関する貿易ルールとして、補助金/サービス/政府調達/投資/市場アクセス等々と幅広いアプローチが必要となる。昨年のAPECでは、首脳間で54品目の環境物品について関税を引き下げることにつき合意された注8)。もちろん、こうした取り組みは評価されるべきであるし、第一歩として大きな成果と言えよう。しかしながら、上記で見た通り、「環境」「エネルギー」をめぐる貿易ルールは関税に留まらない、いや、むしろ先に述べたような幅広い論点の方が本当の問題を抱えている。残念ながら、公表資料で確認するかぎり、APECの第一歩をより広い交渉に繋げて行こうという動きが見られない。

 WTOのドーハラウンドが頓挫していると喧伝される中、次期WTO事務局長を選ぶプロセスが進行中であるが、乱立する候補9名注9)の中で、そうした新しいアジェンダとして気候変動等を具体的に例示し取り組んでいく姿勢を見せたのは、公表されている各候補の立候補ステートメント注10)を確認する限り、ケニアのモハメッド候補しかいないようである。WTOが体現する多角的貿易システムも、気候変動枠組み交渉も、二国間や地域間での枠組み作りが先んじている今、そのグローバルガバナンスが機能することを証明できるかどうか、まさに正念場を迎えていると言えよう注11)

<参考>

注1)
http://online.wsj.com/article/SB10001424127887324590904578289084294489140.html
注2)
http://www.wto.org/english/news_e/news13_e/ds456rfc_06feb13_e.htm
注3)
http://www.ustr.gov/about-us/press-office/press-releases/2013/february/us-challenges-india-restrictions-solar
注4)
政府調達ルールの分野では、当該ルールが適用される事業規模の下限が決められていることが多く、事業を分割して形式的に小規模化して適法に抜け道を通るという「裏技」が使われることもあるとの話もある。
注5)
http://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/dispu_status_e.htm
注6)
http://www.wto.org/english/news_e/news13_e/ds412_426apl_06feb13_e.htm
http://www.wto.org/english/news_e/news13_e/ds412_426xapl_11feb13_e.htm
注7)
もちろん、別途プルリの国際ルールとして政府調達協定が存在しており、その中では内外無差別原則の適用が一定の条件の下で規定されており、別途この問題も検討する必要はある。
注8)
APECの環境物品リスト54品目は以下のとおり。
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/apec/about/pdf/2012kakuryou/egs_list.pdf
注9)
各候補の出身国は以下のとおり。
(立候補順)ガーナ、コスタリカ、インドネシア、ニュージーランド、ケニア、ヨルダン、メキシコ、韓国、ブラジル
注10)
http://www.wto.org/english/news_e/news13_e/dgsel_03jan13_e.htm
注11)
2月13日、米とEUは大西洋貿易投資パートナーシップ構築へ向けた交渉の開始をアナウンスした。ホワイトハウスの声明文では、規制や非関税障壁にも取り組む姿勢を表明しており、また、この取り組みがマルチの貿易システム強化にも貢献できるときちんと触れているところに政治的配慮も読み取れよう。
欧州委員会の声明文においては21世紀型の課題にも取り組む姿勢を示しており、非関税障壁はもちろんのこと、税関システム等の貿易円滑化、競争政策、国家企業問題、鉱物資源やエネルギーの問題にも触れている。
http://www.ustr.gov/about-us/press-office/press-releases/2013/february/statement-US-EU-Presidents
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/02/13/statement-united-states-president-barack-obama-european-council-presiden
http://europa.eu/rapid/press-release_MEMO-13-95_en.htm

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