第8回 JX日鉱日石エネルギー株式会社 常務執行役員 新エネルギーシステム本部副本部長 山口益弘氏

“エネルギー変換企業”として、多様なエネルギーの供給に貢献


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 第8回目にご登場いただくのは、JX日鉱日石エネルギー株式会社 常務執行役員・新エネルギーシステム本部副本部長の山口益弘氏です。日本の基幹エネルギーである石油。JX日鉱日石エネルギーでは、石油開発や石油精製販売の他、燃料電池や太陽光発電などの新エネルギー事業の新たな展開も図っています。インタビューの前に、横浜のENEOS創エネハウスも見学させていただきました。

2030年の電源構成に占める化石燃料の割合は高いだろう

――今後のエネルギー政策の動向についてどう思われますか?

山口益弘氏(以下敬称略):エネルギー問題が従前にも増して関心が高まっていることは、エネルギー会社に身を置いている人間としては、非常に良いことだと思っています。私たち一人一人が「エネルギーはいつでもすぐ手に入る」といった認識だったのが、2011年3月に東日本大震災という大きな惨劇を経験したことによって、エネルギーの大切さを実感し、エネルギーについて真剣に考えるようになりました。

山口益弘(やまぐち・ますひろ)氏。1979年日本石油株式会社入社。仙台支店、本社販売部を経て、1986〜90年米国ダラス事務所勤務。その後、本社販売部に戻り、燃料油の販売企画、SSの店舗コンセプト開発などの業務に従事。2003年中国支店副支店長。2005年FC事業部長、家庭用燃料電池「エネファーム」の事業企画・商品開発・販売、太陽光発電システムの販売等、新エネルギービジネス全般を推進。2010年執行役員システムインテグレート推進事業部長。2012年7月より現職。

 国の根幹となるエネルギー政策に多大な影響を与えたといっても過言ではありません。経済産業省の「エネルギー基本計画」が2012年の秋には改定されると思われていたのが、結局2013年に持ち越されることになりました。日本という国がエネルギーをどういうふうに考えて選択していくのか、諸外国からも注目されています。また電力会社の設備投資にも多大な影響を与えます。エネルギー基本計画自体の決定に時間を要し過ぎることは、あまり良いことではないと思っています。

――エネルギー政策を考える上で重要なポイントは何でしょうか?

山口:私ども石油会社という立場から申しますと、エネルギーを考えるときに二つ大きな視点があります。それは、一次エネルギーの中に占めるエネルギーの構成がどうなっているのか、電源構成の中に占めるエネルギーの比率はどうなのか、この2つを見ていかなければなりません。

 一つ目の一次エネルギーの中に占めるエネルギーの構成ですが、8割くらいが化石燃料です。原油、石炭、天然ガス等全部含めての数字です。震災前は、2030年には一次エネルギーの中に占める化石燃料の割合を、60数%にしようという計画でした。ところが3.11以降、議論されている方向性を見てみますと、やはりどんなケースに於いても化石燃料は7割以上になるだろうと想定しています。現行よりも一次エネルギーの中に占める石油の割合は増えていくでしょう。原子力発電をどうしていくかという問題もあり、電源構成の中に占める化石燃料は相当大きな割合になりそうです。

――化石燃料に頼らなくてはならない状況ですね。

山口:ある意味では、石油は非常に使い易いのです。昭和35年頃、それまで日本の経済は石炭で支えられていたのが、化石燃料の中の石油製品が燃料の主役となり、油主炭従に移行してきたわけですね。石油はエネルギー密度が高く、可搬性や貯蔵性に優れていて、非常に使い易いエネルギーだからです。だからと言って無駄遣いしていいという話ではなくて、限りある資源を大切に使うことを、大きなメッセージとして申し上げておかなければと思っています。

――化石燃料を大事にという意識を持ちたいです。

山口:次は、使い方をどうしていくかです。電源構成として、石油火力や原子力、再生可能エネルギーの割合が議論されていますが、CO2を低減しながら安定供給していくことを考えると、エネルギー効率を高めると同時に、全体のエネルギー使用量を少しずつ減少させなければなりません。大規模集中型の大きな発電所で電気を作るやり方がいいのかというと、やはりエネルギー効率が悪いわけです。

 最新鋭のガスコンバインドサイクルでも発電効率は50~60%です。発電所から送電・配電線を経て家庭やオフィスに電気が届けられるまでに、電気抵抗による送電ロスが全国平均で約5%あります。また発電に伴う熱は捨ててしまっています。これからは分散型の供給システムがひとつの大きなキーワードとなっていくと思います。現在、再生可能エネルギーにスポットが当たっていますが、それが本当に主流になってくるかと言うとまだまだでしょう。今ある化石燃料を本当に効率良く、大事に使うことを同時並行的に考えていかなくてはなりません。

燃料電池はエネルギー効率が非常高く、クリーンなエネルギー

――原発の問題が大きいため電気に関する議論は活発ですが、熱の議論が見落とされているという印象です。

山口:その通りですね。コージェネレーションという、なるべく需要に近いところで電気と熱を上手に利用することが、一つ大きなソリューションになってくるのではないかと思います。熱の使い方ひとつでエネルギー効率は相当違いますから。燃料電池ですと、電気と熱のエネルギー総合効率は80数%から90%近くになり、高効率のエネルギー利用ができます。

――ENEOSが推進する創エネ事業の核は、先ほど見学させていただいた創エネハウスの燃料電池システムですか?

山口:そうです。燃料電池「エネファーム」ですと、CO2排出量も従来の火力発電からの電気と比較すると約3割カットになるため、クリーンに効率良くエネルギーを利用できます。燃料電池は、燃料となる水素を都市ガス、LPガス、灯油等から取りだして使う仕組みになっています。化石燃料は有限の資源ですから、大事に使うツール即ちエネルギー利用効率を最大限に引き出せる機器をお客様にご提供し長く大切に使って頂くことは、石油会社の社会的使命だと考えています。

災害に強いLPガスで、セーフティネットワークをつくる

――ガス業界も都市ガスを利用する燃料電池を展開していますが、石油業界が提案するLPガスの燃料電池との違いをわかりやすく説明していただけますか?

山口:天然ガスもLPガスも化石燃料の一部です。我が社はLNG(液化天然ガス)に関しては八戸や水島にも基地を持ち、事業を行っています。一方、LPガス(液化石油ガス)については、災害に強いレジリエントな(回復力のある)燃料という特性を、今後もっと見直されなければいけないと考えています。東北の大震災の時もLPガスは持ち運びできて非常に重宝され、復興の役に立ちました。何かあった時に強いのです。

 単一のエネルギーソースに偏るのではなく、エネルギーのベストミックスを図ることが大切です。例えば大きな地域の中で病院や市のコントロールタワーといった大切な所は、何かあっても大丈夫な体制を取るべきです。LPガスでエネルギー供給し、災害時にも供給が途絶えないようにする。ガス導管や電線は、寸断されてしまうとエネルギーを供給できませんので、LPガスを合わせ技で常用し、エネルギーソースの多様化を図っておくといざという時に非常に回復が早く、地域住民の人たちにとって住居エリアにセーフティネットワークを備えていることにもなります。

――震災でLPガスが見直されましたね。

山口:災害に強く、回復力があることがLPガスの大きな特徴のひとつです。しかし、都市ガス事業者のガス導管エリアにLPガスの導管を引いてお客様先に供給することは現行ではできませんので、そういう状況を少しずつ規制改革していくことも必要ではないかと思っています。都市ガスとLPガスをうまく組み合わせていき、市民の命や生活をきちんと守れるように回復力を持たせるような都市を作っていくようにしていければと考えています。

――長い目で見て、そうした新たなインフラの整備も考えていくべきですね。

山口:長い目ではなく・・・、大至急取り組みたいところです。今、北九州などで実証する動きがありますので、都市ガスとLPガスを上手く組み合わせるなど、新たな取り組みをやりたいと思っています。病院へのガス供給が寸断されてしまっては、病院の機能を果たさないことになってしまいます。普段市民の皆さんがガス導管を利用する生活をしているとしても、何かあった時には、「あそこにいけば病院もあるし、大丈夫だ」というようなエリアを地域で持っておくことが必要ではないでしょうか。

――セイフティーゾーンを作っておくわけですね。

山口:具体的に実現させていくとなると、多くの規制改革が必要であり、可及的速やかに実行に移すべきでしょう。地震が多く、地震以外の災害も頻発して起きる日本においては、災害に強いまちづくりは、今人々が本当に望んでいることです。

――災害に強いまちづくりには、エネルギーの選択肢を増やすことは大事ですね。

山口:原発だけ、石油だけ、再生可能エネルギーだけということではなく、様々なエネルギーの選択肢を持つと言うことが、供給の多様化だけではなく、エネルギーセキュリティの面でも非常に重要です。それと並行して、国の電力システム改革専門委員会で議論が行われているように、電力事業についても少しずつ変革していかなければなりません。なぜ改革が必要なのかということを、国民に広くコンセンサスを得ながら進めるべきと思います。

将来の低炭素社会を担うキーワードは、“水素”

――低炭素社会を実現するためには、分散型エネルギーシステムもそうかと思いますが、その他にどのようなビジョンがありますか?

山口:たぶんまだ少し先のことになるかもしれませんが、次世代はおそらく水素エネルギー社会になっていくのではないかと思います。水素の利点は、いろいろな物質から製造できることです。それは供給の多様化に繋がり、エネルギーのセキュリティ向上にも繋がってきます。水素のエネルギーを活用する社会に少しずつシフトしていくことが必要です。
 
 例えば2015年以降に燃料電池自動車(FCV)が世界的に市場導入される見通しですが、FCVは、かつて1台1~2億円とも言われましたが、コストダウンが進んで500万円程度でできるかもしれません。そうなると、ENEOSのガソリンスタンドでも、ガソリン、軽油の他に電気、そして水素を供給するようにしなければいけないと思います。

 2020年、2030年頃になるかもしれませんが、水素エネルギー社会実現のターゲットイヤーになると思います。

――石油会社が水素エネルギーを供給するわけですね。

山口:製油所で石油製品をつくる過程で、原油に含まれる硫黄分を除去する「脱硫」という作業を行っていますが、この脱硫に大量の水素を必要とするため、水素を自前で製造する設備を持っています。我々は水素技術に長けており、そういった技術もベースにしながら、お客様に対する水素供給拠点をつくることは可能です。

 また、新型エネファームのSOFC(固体酸化物形燃料電池)にしてもPEFC(固体高分子形燃料電池)にしても、そのまま水素を直接燃料にできれば、2030年頃には、クーラーの室外機より小さくなるかもしれません。

――水素が社会に加わってくるのですね。

山口:ガソリンスタンドは今までガソリン、軽油、灯油を売っていましたが、それだけではなく、電気、水素まで供給するようになりますので、「ガソリンスタンドのハイブリッド化」になるでしょう。

――ハイブリッド化計画は、2015~6年だとすると、あっという間に実現しそうですね。

山口:あっという間ですよ。燃料電池の技術について、日本は世界一です。この世界一の技術を日本で開花させてゆかねばなりません。この様な意味から、ここ数年が非常に大事な年だと思っています。

太陽光発電と燃料電池のダブル発電でカーボンオフセット

――ENEOSは、太陽光を中心とした再生可能エネルギーにも理解があるという印象です。

山口:私自身も、太陽光発電余剰電力買取制度の「買取制度小委員会」の委員を務めました。LPガスにしても都市ガスにしても燃料電池を使うことは、化石燃料を使っているため、やはりCO2を出してしまいます。ところが太陽光パネルを取り付けることにより、太陽光はほとんどCO2を排出しませんので、その電力を系統から買ったとみなせば、その分マイナスの効果があるわけです。太陽光が発電した分でCO2が減っていますから、燃料電池とオフセットできる。太陽光発電と燃料電池のダブル発電はCO2ゼロに近く、地球環境に配慮したエネルギー供給システムとして、我々がお薦めしているものです。

――これからはエネルギー事業者の境目がどんどんなくなっていきそうですね。

山口:私どもの会社は、「エネルギー変換企業」なのです。

――「エネルギー変換企業」ですか?

山口:お客様がガソリンを欲しいと言われたら、ガソリンを原油から作ってお渡しします。別のお客様が、水素が欲しいと言ったら水素をつくってお渡しするでしょう。いろんな原料がある中で私どもはお客様のニーズやソリューションに合わせて、欲しいものを欲しい時に、適正な価格で安定的に供給していく「エネルギー変換企業」だと考えています。

――ユーザーに対して提案できるオプションをたくさん用意するわけですね。

山口:全くおっしゃる通りです。ある人がソーラーを欲しいという時に、石油会社だからといって「ソーラーはやめたほうがいいですよ」と言うわけにはいきません(笑)。むしろ“ソーラーを入れて燃料電池を入れるとカーボンオフセットでき、またベースロードにもなるし、とてもいいですよ”といったお話をさせていただいています。

――ダブル発電は注目しています。

山口:燃料電池と太陽光のダブル発電を入れると相当大きな効果が出てきます。一つは、現在の約5000万世帯の1割に当たる500万世帯にダブル発電を設置していくと、原子力発電所8基分くらいが不要になります。私どもは、「ダブル発電の家を小さな発電所にしましょう」と言っています。

 燃料電池はご家庭で電気を創るというだけでなく、発電所の発電能力を減らす可能性があります。燃料電池を一台設置することで、契約アンペアを10アンペアずつ下げられます。50アンペアを契約しているご家庭において、燃料電池1つで40アンペアに下げて契約電力量を減らせます。普及が進めば、電力会社は供給する電力のキャパシティを従来より多く持たなくてよくなります。

 現在の電力会社の発電所稼働率は6割程度かと思いますが、稼働率やエネルギー効率が良くなり、燃料電池を入れただけでも相当なインパクトになるでしょう。今、汐見台(磯子区)で、集合住宅での実証を始めました。16戸の集合住宅にエネファームを6台と太陽光発電20kW、蓄電池を30kWh設置しています。これにより電力自給率80%、CO2排出量50%の削減を目標としていますが、なかなか面白いですよ。

――今後の燃料電池のコスト面の課題については、いかがでしょうか?

山口:燃料電池の課題として低コスト化をさらに図る必要があります。売価でだいたい1台80~90万円くらいまでにはなるのではないかと思います。屋外に取り付ける給湯器が約20万円と言われますので、仮に80万円だとすると、お客様は60万円ほど初期投資はアップしますが、燃料電池を設置すると光熱費が年間6万円くらいプラスになります。そうすると10年間で60万円のプラスですので、初期投資は回収できます。何とかそこまでいくように、メーカーもここ2~3年でコストダウンを実現しなければいけません。

――そこまでコストダウンできれば、燃料電池の理解が大きく広がりそうです。

山口:最終的に日本のエネルギーをどう考えていくのかという具体的なシナリオやロードマップを見せていかないと、国民は納得しないでしょう。その中に、中央の系統電力や分散型の供給システム、またエネルギーの多様化による選択の幅を広げておくことを盛り込む必要があります。シェールガスやシェールオイルが今、非常に注目を浴びていますし、価格を引き下げるインパクトにもなってきています。化石燃料を上手に使っていけば、エネルギー供給不安に陥ることはないと思います。

【インタビュー後記】
創エネ事業など、石油会社が今後どのような展開を図っていくのか、お話を伺う前から興味津々でしたが、山口さんはテンポよくユーモアも交えながらお話くださり、楽しくインタビューさせていただきました。創エネハウスも見学しましたが、太陽光発電と燃料電池のダブル発電やHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)、リチウムイオン蓄電池、ペレットストーブなどの創エネ機器や省エネ関連機器がたくさん揃っていて、暮らしのエネルギーがこれから確実に変わっていくことを実感しました。ガソリン、灯油、LPガス、太陽光発電、燃料電池、水素エネルギー・・・と、ユーザーの求めに柔軟に応え、トータルな提案ができる「エネルギー変換企業」として、これからの展開に期待しています。

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