第6話(3の1)「ポスト『リオ・京都体制』を目指して(1)」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

印刷用ページ

(2)第2の理由:交渉対象が複数の政策分野にまたがること
 第2に、気候変動交渉で扱われる対象が、幅広い政策分野にまたがるようになったことが挙げられる。
 国連気候変動枠組条約や京都議定書が成立した90年代は、気候変動交渉の焦点は、日米欧など主要先進国の排出削減であった。これ自体、先進国の経済政策全般に影響を及ぼすものとして大きな議論をよぶものであったが、その後の展開に比べればまだシンプルなものであったと言える。
 2000年代に入り、状況はより複雑になる。その要因としては、1)中国をはじめとする新興途上国の排出の割合が多くなり、これらの国々の排出削減も交渉の俎上に上るようになったこと、2)先進国/主要途上国の排出削減(緩和)だけでなく、アフリカ、小島嶼国などの脆弱国に対する適応支援を重視すべきとの議論が強まったこと、3)京都議定書の下での京都メカニズムや、EU-ETS導入により、炭素市場の要素が新たにクローズアップされたこと、等があげられる。環境、エネルギーのみならず、国際貿易や開発援助、金融といった政策分野に及ぶようになったことで、交渉の論点や各国のスタンスも複雑化するようになった。

(3)第3の理由:様々なステークホルダーの参画
 第3に、交渉に直接関与する各国政府のみならず、民間企業、研究者、NGO、メディアなど、様々なステークホルダーが参画し、かつその数が年々増えていることが挙げられる。IT技術の普及が後押ししていることは言うまでもない。1997年のCOP3の頃は日本でも携帯電話が普及し始めていた頃だが、現在の国連の気候変動交渉では、少し前まではブラックベリー、今ではiPadが必須アイテムである。
 国際会議が年々肥大化しがちなのは、他の分野でも見られるが、国連の気候変動交渉はとりわけそれが顕著である。京都議定書が採択されたCOP3の際は、会議参加者は数千人と言われ、その規模が当時話題をよんだが、2009年のCOP15では約4万人に膨れあがった。交渉の実質的プレーヤーが先進国から途上国に拡大し、交渉の論点が複数の政策分野に拡がった結果、交渉の結果に利害関心を有する関係者も拡がったためといえる。また、参加者の規模が増えるとメディアの関心が高まり、そのメディアの関心を引くためにNGOなど利害関係者の数も増えるといった「雪だるま」効果もあると思われる。