第6話(3の1)「ポスト『リオ・京都体制』を目指して(1)」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
1.外交の主要課題としての気候変動問題
近年の気候変動交渉をみると、各国の環境専門家の集まりの性格を超えて、首脳、外交当局の関与が高まっているのに気づく。グレンイーグルズやハイリゲンダム、北海道洞爺湖でのG8サミットで気候変動問題が主要議題にとりあげられたり、COP16でメキシコの外務大臣、COP17で南アフリカの外務大臣が議長を務めたのはその具体例である。日本でも、COPに臨む体制として、環境大臣が政府代表団長を務める一方、実務レベルでは外務省が、環境省、経産省等の関係省庁と協議しながら、交渉方針をとりまとめる役割を果たしてきたことは既に述べた。
まず、気候変動交渉が、なぜこれほどまでに重要な外交課題として扱われるようになったのかを考えてみたい。
(1)第1の理由:「マルチの中のマルチ」外交としての気候変動交渉
まず、気候変動交渉が、多国間外交の持つ様々な役割を多く含んだ、「マルチの中のマルチ」外交であることがあげられる。
外交交渉を大きく二つに分ければ、「バイ」(二国間, bilateral)と「マルチ」(多国間, multilateral)に分けられる。日米、日中、日韓など特定の相手国との間で様々な懸案について協議をするのが「バイ」であり、G8やAPEC、WTO、東アジア首脳会議(EAS)など複数の国々が集まる場でマクロ経済や貿易、環境などのグローバルな課題について協議をするのが「マルチ」である。もちろん、バイの協議でマルチのテーマについて議論することもあるし、マルチの機会をとらえてバイの協議を行うなど、両者は密接に関連している。
ここでいう「マルチ」外交に特有の主要な役割としては、以下のものが挙げられる。
(イ)「アジェンダ・セッティング」(Agenda setting)
「世界で今重要な課題は何か」ということを指し示す役割である。年に一回、主要国の首脳が集まるG8サミットがその典型である。マクロ経済や開発、環境、地域情勢など、その時々の課題について、主要国の首脳がメッセージを出すことは、世界の関心を集め、それらの課題に対処するための国際的取り組みに弾みをつける働きがある。
(ロ)「ルール・メイキング」(Rule making)
複数の国々に適用されるルールを作る役割である。国際貿易ルールを定めるWTO交渉がその典型である。OECDで、開発援助や輸出信用など様々な分野において、先進国間の紳士協定的なガイドラインを作ることもこれに当てはまる。
(ハ)「運用面の協力」(Operational coordination)
様々な分野での各国関係当局間の実施面での調整を行う役割である。WHOやIAEA、ILOなどの国際機関における協力はこれにあたる。国際機関以外でも、ASEAN地域フォーラムの下での防災協力や、Proliferation Security Initiativeにおける不拡散防止協力など様々なものがある。
(ニ)「資金動員」(Resource mobilization)
特定の地域・テーマについての資金動員を促す役割である。アフガニスタンやパキスタンなど、特定国への支援資金を国際的に動員する支援国会合や、資金援助と同じインパクトをもつ過去の公的債務の減免を協議、決定するパリ・クラブがこれにあてはまる。
もちろん、ある枠組みが、複数の役割を果たすことは当然ある。たとえば、北朝鮮のミサイル発射や核実験など、特定国の行動に対し、国連の安全保障理事会が非難決議や議長声明などを出すことは、世界に問題の重大性を認識させる「アジェンダ・セッティング」の意味合いがあるし、更に踏み込んで、拘束力のある制裁決議を採択し、加盟国にその実施を促すことは、ルール・メイキング、運用面の協力にあたる。また、G8サミットは、アジェンダ・セッティングだけではなく、資金動員的な役割も果たしてきた。2000年の九州沖縄サミットで国際保健分野の取り組みとして沖縄感染症対策イニシアティブが打ち出され、それが後の3大感染症に対処するための世界基金の設置につながったのはその一例である。
気候変動交渉は、以上の4つの役割のいずれも含むものとなっている。
すなわち、「アジェンダ・セッティング」の点では、毎年末に開催されるCOPが、世界各国の環境関係者が集まり温暖化対策の重要性を訴える場となっている。近年のG8サミットでも気候変動は主要議題を占めてきた。
「ルール・メイキング」でも、国連のみならず、欧州排出量取引制度(EU-ETS)や、日本が提案する二国間オフセット・クレジット制度など、グローバル、リージョナル、バイラテラルなど様々な局面でのルール作りが気候変動交渉の主要課題となっている。
「運用面の協力」では、各国がCO2の排出削減努力の透明性を高め、MRV(測定、報告、検証)により、相互にチェックしようという流れが強まっている。
「資金動員」では、途上国支援は、当初より気候変動交渉における大きなテーマであり、いくつかの基金も国連の枠組みの内外で設置されており、二国間協力でも日本の「クールアース・パートナーシップ」や「鳩山イニシアティブ」に代表されるように、気候変動対策は途上国支援の主要な柱となっている。COP17の成果の一つである緑の気候基金の設置の動きを含め、こうした傾向は引き続き続くと思われる。