国連気候変動枠組み交渉の転換点

-京都議定書型枠組みの限界と今後の方向性-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。

 国連気候変動枠組み交渉の長い歴史において、確実に一つの転換点と言えるのが2009年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15であろう。ポスト京都議定書の枠組みに関する合意形成が期待されていたが、主要国首脳の合意のもと作成された「コペンハーゲン合意」は全体会議での採択を得ることができず、この合意の存在を「留意する(take note)」という非常に曖昧な結果に終わった。国連交渉の限界を露呈したともいわれたCOP15は、京都議定書型トップダウンスキームの「終わりの始まり」であったともいえる。

京都議定書の問題点

 本誌(月刊ビジネスアイ エネコ)の読者であれば先刻ご承知であろうが、京都議定書の問題点を改めて下記に整理しておきたい。
 1点目は温室効果ガス削減に向けての実効性だ。京都議定書締約国194のうち、排出削減の法的義務を負うのは先進42の国と地域(日本、欧州連合、豪、露、加など)のみだ(2011年3月時点。環境省HPより)。京都議定書採択当時世界最大の排出国(1997年当時、世界の温室効果ガスの24%を排出)で、7%の排出削減義務を負う予定であった米国は、結局京都議定書を批准していない。新興国を含む途上国も法的削減義務を負っていないため、2009年時点で世界の二酸化炭素(CO2)約290億tのうち、削減義務を負う国からの排出は約26%にしかならず、COP17で日本やロシア、カナダが第2約束約束期間からの離脱を表明したことや、新興国などからの排出量の増大により、さらにこの割合は低下する(図1)。温暖化対策の究極の目標である「2050年に世界の温室効果ガス排出量半減」が不可能なのは明らかだ。

 2点目は、一部の国への削減義務化はリーケージ・国富の流出をもたらすということだ。国際競争にさらされる産業においては、排出削減義務を負う先進国に生産拠点を置くことは、競争上不利益を被る可能性がある。削減義務の無い国への拠点移転は、結局「漏れ」が生じるのみで温暖化対策として有効でなく、削減義務を負った国の空洞化等のきっかけとなる可能性がある。
 そして、目的達成の補助的役割として排出クレジットの活用が認められているが、このことで温暖化防止に必要な長期投資が進まないという事態も発生する。クレジットは遵守期間での削減目標達成を最小費用で行うことには資するが、遵守期間を超えるような長期投資を導く価格シグナルを発する保証はないからだ。国際エネルギー機関(IEA)の「World Energy Outlook 2009」によれば、2050年に世界の排出量を半減するには2010~2030年に世界全体で約10兆ドルの投資が必要であるとされるが、例えば日本は京都議定書第1約束期間の目標達成のために、官民あわせて約4億t、6000億~8000億円のクレジットを購入するといわれている。

 3点目は、こうした交渉による目標設定では、公平性は確保できないという点だ。1点目に述べた通り、削減義務を負う一部先進国と負わない国の間ではもちろん、義務を負う先進国の中にも不公平は生じている。第1約束期間でEUは加盟国(旧15カ国→その後27カ国)全体で1990年比8%の削減を目標とした。そもそも英独の削減ポテンシャルから考えれば8%は緩い目標であった上に、EU27 カ国となってエネルギー消費が非効率な中東欧が入ったために目標達成はさらに容易になった(日本も、排出削減努力の余地が多分にある東南アジア諸国と一体で法的削減義務を負うことが許されれば、目標達成は非常に容易)。また、ロシアは目標値の設定が非常に甘かったために、何らの削減努力をせずに余剰排出枠を得て、それを売却している。基準年のおき方、目標値の設定などが全て交渉によって決まる以上、不公平性が生じ、温暖化対策の実効性にも疑問が生じる。