国連気候変動枠組み交渉の転換点

-京都議定書型枠組みの限界と今後の方向性-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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EUが法的拘束力のある制度に前向きな理由

 では、EUはなぜ京都議定書第2約束期間の参加にも、そして新たな枠組みにおいても法的拘束力ある制度に前向きなのか。その最も大きな理由は、既に立ち上げてしまった欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)などのスキームを維持せざるを得ないことだといわれている。
 EU-ETSは、温室効果ガス排出量にキャップをかけることで全体の排出量を抑制するとともに、温室効果ガス排出を有償にすることで低炭素技術への投資を促進することを目的として、多大な政策資源を投じて作られた制度である。ところが、2008年には一時1tあたり30ユーロ以上の値をつけた排出枠価格が、今や7ユーロ前後にまで値を下げており、EUのエネルギー政策において非常に深刻な課題と認識されている。
 そのため欧州委員会は、低炭素技術の導入促進および石炭火力のような排出量の多い技術がロックインされることの回避を理由に、2013年からのEU-ETS第3フェーズにおいて、短期的には今後3年間に予定されているオークションで売る排出権の一部を留保することで市場の需給をタイトにすること、また、長期的にはオークションに出す炭素の全体量を削減し、価格を下支えする方針を表明している。

 そのような状況において、EUは日本の排出削減目標に大きな関心を寄せていた。原子力発電がほとんど停止した状態で、日本の温室効果ガス排出量は当然増加している。日本経済新聞(*1)が報じた環境省の試算によれば、2011年度の排出量が13億3000万トンだったのに対し、2012年度は13億8400万トンと急増する見込みだという。原子力発電の再稼働が見通せず、排出削減の有効な手立てが見いだせない中で、日本が引き続き法的削減義務を負えば、クレジットを購入して達成するよりほかなくなる。こうして日本が買い手となって排出枠価格の底上げを牽引してくれることを期待していたのだ。
 しかし前述したとおり、クレジットの購入は国富の流出にほかならず、日本政府が京都議定書第2約束期間からの離脱を明言したことは、温暖化対策の実効性という観点からも、また日本の厳しい経済状況を鑑みても正しい対応だった。
 COP18以降も温暖化交渉においては様々な圧力をかけられる恐れがあるが、日本政府はぶれることなく現在の交渉方針を貫くべきであり、国内の報道も安易に「日本が交渉上孤立」などと騒ぎ立て足元を揺るがすようなことは厳に避けなければならない。なお、EU内部でも排出量取引市場には批判的な意見が出てきている(*2)