容量市場は果たして機能するか?~米国PJMの経験から考える その1


Policy study group for electric power industry reform

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 前回、前々回でも紹介した通り、卸電力(kWh)取引の価格シグナルだけで、自由化された電力市場で適切な予備率が維持されることはなく、発電設備容量(kW)保有に対するインセンティブが必要であるとの認識が、電力市場関係者の間では一般的になりつつある。その際、一つの選択肢と考えられるのが「容量市場」である。英仏などでは設立に向けた検討が進められている他、経済産業省の「電力システム改革の基本方針」でも検討課題の一つとされている。また米国のISO(独立系統運用機関)であるPJM(Pennsylvania-New Jersey-Marylandの略)では、10年間以上にわたり容量市場を運営してきた。そこで今回はPJMの容量市場の辿った変遷と課題を探ってみたい。是非、前々回前回のコラムとあわせてご覧いただきたい。

PJMの概要:電力会社の会員制クラブ(パワープール)から巨大電力市場の運営者へ

 PJMは北米最大の地域送電機関(RTO)として知られ、米国13州とワシントンDC地域の電力システムを管轄しながら、卸電力市場も運営する独立系統運用機関(ISO)である。
 PJMの起源は1927年にペンシルバニア州、ニュージャージー州の電力会社3社が創設した広域電力融通機関The Pennsylvania-New Jersey Interconnectionにさかのぼる。米国では複数の電力会社が広域運用のために作る組織を「パワープール」と呼んでいるが、これが米国最初のパワープールであった。パワープールの設立目的は、複数の電力会社が集まって共同で大規模発電所や基幹送電系統を建設・運用することで、電源開発のスケールメリットを追求しながら、供給予備力をシェアしたり広域メリットオーダーに基づく電源の経済運用を実現したりして、経営効率化・高信頼度化をはかることにある。
 1956年にはメリーランド州の2電力会社も参加してPJM Interconnectionと名称を変え、1970年にはフィラデルフィア郊外に中央給電指令所を設置して地域内の電力会社が共同で運営にあたるなど、現在の広域系統運用機関としての原型をこの時点ですでに整えていた。ちなみに日本の9電力会社と電源開発によって1958年に作られた中央電力協議会も、広域的な電源開発や連系線計画、電力融通のあっせん機能を有する広義のパワープールであったが、日本では発電所出力をコントロールする中央給電指令所を各社毎に設けている点でPJMスタイルのパワープール(タイト・パワープールとも呼ばれる)とは異なっている。
 1998年にペンシルバニア州などでの小売自由化がはじまるとともに、PJMはいわゆる独立系統運用機関として従来の電力会社以外にメンバーを拡大し、卸電力市場と容量市場などを運営するようになった。その後も隣接エリアの系統運用を統合しながら卸電力市場の規模を拡大し、現在では1億8,560万kWの発電設備(日本全体より、やや小さい程度の規模)を運用する世界最大の電力市場を形成するにいたっている。発足時には電力会社3社のみで発足したものの、現在では新規参入者、マーケター(自社もしくは他社の発電分を市場で転売する事業者)、アグリゲータ(複数の需要家を束ねて、その電力を市場から調達したり節電分を市場で売却する事業者) などの加入により会員企業も750社まで増加(2011年)、域内で電力ビジネスを手がけるすべての企業が参加する巨大市場への変貌を遂げたと言える。

(図1)PJMが管轄する地域(13州とワシントンDC)
(出所) PJMホームページ http://www.pjm.com/

PJMでの卸電力取引の仕組み:プール市場と相対取引の両立

 PJMでの卸電力取引の仕組みは図2のようになっている。まずPJMにより「容量(キャパシティ)」として登録された発電設備は、すべてPJMが運営するプール市場(前日市場およびリアルタイム市場の2市場で構成)に参加して売り入札するか、前日までに運転スケジュールをPJMに提出する必要がある。前者をプールスケジュール電源、後者をセルフスケジュール電源と呼ぶ。プールスケジュール電源は、PJMからの発電出力指令に従って運転することが求められる。セルフスケジュール電源は、ゼロ・ドルの売値でプール市場に入札したのと同じことであり、申告したスケジュール通りでの運転が保証される代わりに、プール市場においてはプライステイカー(自ら入札しない市場で決まった価格での支払いを受ける存在)となる。また、需要家に供給する小売事業者(Load Serving Entity: 以下LSE)は、前日市場に買い入札を行って、翌日分の卸電力をあらかじめ前日市場の価格で購入することが可能である。

(図2)PJMでの電力取引の仕組み
(出所)矢島正之「カリフォルニア州の電力危機とPJMの概要」、
電気事業分科会資料、2002年1月(一部を加筆修正)

 プール市場の決済は、①前日市場、②リアルタイム市場の2段階で行われることになっており、まず前日市場での約定分は前日市場価格で、次いで実需給の前日スケジュールからの差分はリアルタイム市場価格で決済される。リアルタイム市場価格は、前々回に説明した通り、PJMが最小コストでの需給運用を行って需要レベルを満たすための発電設備のうちで、もっとも高い入札価格として事後的に決まる。なおPJMの前日市場では発電設備や需要と関係ない仮想的な売買も認められており、前日市場はリアルタイム市場の価格変動リスクをヘッジするための市場として機能していると考えられる。
 実際にPJMに参加する電力会社がどのように行動しているのか、PJMエリアの代表的な電気事業者であるExelon社の例を見てみよう。Exelon(持株会社)傘下の電力会社PECO(フィラデルフィアに本拠をおくペンシルバニア州の大手電力会社)とExelonの発電部門であるExelon Gencoの関係を図示すると図3のようになっている。実際にはExelon傘下にはシカゴに本拠をおくComEdという大手電力会社もあり、Exelon GencoはPECOとComEdの2社分の電源をPJM市場でまとめて運用しているのであるが、ここでは簡単のためPECOとGencoの関係のみに着目している。

(図3)PJM内の電力会社(Exelon)の電力取引イメージ
(出所)矢島正之「カリフォルニア州の電力危機とPJMの概要」、
電気事業分科会資料、2002年1月(一部を加筆修正)

 まずPJMは全面プール 型市場(系統運用者が需給運用とプール市場運用を同時におこなって需給の一致をはかる仕組み)であるため、LSEであるPECOはPJMのプール市場(前日市場もしくはリアルタイム市場)から電力を全量調達することになる。一方、Exelon Gencoは「容量登録」した発電設備をPJMの卸電力市場で売り入札もしくはセルフスケジュールすることで収入を得る。PECOの需要を満たすための容量として登録されているGencoの電源の売電分X(MWh)についてのPJMからGencoへの支払分と、PECOのプール市場からの購入分Y(MWh)への請求分がPJM内部でオフセットされる(GencoとPECO間の相対取引として処理される)ので、両社はプールの市場価格変動の影響を受けない(ただし、域内のネットワークで送電混雑が発生すれば、地点別価格の差異による混雑料金の支払いが生じる)。上記はGencoの売電量XとPECOの買電量Yが等しい場合だが、もしGencoがPECOの実需要より多く落札すればグループ全体としてみれば余剰を売り、逆に実需要より少ない量を落札すれば卸市場から不足分を調達したことになる。このようにPJMでは全面プール型市場と発電・小売の相対取引を並立している。若干補足すると、2001年の電力危機によって破綻したカリフォルニアの電力市場制度では、三大私営電力会社に発電資産を売却させた上で、全量を卸電力市場から調達することを義務づけ、長期の相対契約を結ばせなかった。この場合、小売を行う電力会社に卸電力市場の価格高騰をヘッジする手段がなく、安定的な電源確保も困難となるため、結果として電力危機を招いたとして、電力危機以降は「取引所取引に過度に依存せずに発電・小売の間の相対契約を重視すべき」との認識が電力市場関係者の間には急速に広まった。実際にPJMでも8割程度の取引が、相対取引で行われている。残り2割の市場取引分は、プール市場の取引の中でメリットオーダーにより差し替わった取引分や、供給力を容量市場から調達した供給力不足の小売事業者の卸電力の調達分に相当している。

PJMでの供給力確保義務:パワープールのルールから市場のルールへ

 このようにPJMはプール市場でありながら相対取引を許容する市場設計であるため、プール市場の価格変動リスクを避けるために、LSEが需要規模に応じた発電設備を自社保有もしくは相対契約で確保しようとするインセンティブが働く と考えられる。加えて「自らの需要規模×(1+PJMが定める所定の予備率)」に相当する供給力を事前に確保する義務(いわゆる供給力確保義務)をすべてのLSEに課している。
 この考え方の元になっているのは、パワープールのルールである。パワープールでは電力会社間の融通を行うことで、需給ひっ迫時の供給予備力を共有している。その場合、各社が電源開発を行う際に目標とする予備率に差があると電力会社間で不公平となるため、パワープール全体で適正予備率を定めて参加会社に一律に割り当てていた。日本でも一般電気事業者が8~10%の適正予備力を保有することとなっており、経済産業省が電気事業法第29条(電気事業の広域的運営のための供給計画)を根拠に各社が提出する供給計画をチェックして、適正予備率が確保されていることを確認していることは、これと似た仕組みととらえることもできる。ただし日本では一般電気事業者のみ適正予備率確保が必要としている点が、現在のPJMなどとは異なる。
 新規参入者にも予備力確保を求める場合、発電設備の新設には一定の期間を要するため、新規参入のハードルは高くなる。そこでPJMはISO化・卸電力取引市場開設と同時に、発電設備容量をクレジットとして市場で取引するための「容量市場」を導入した。1998年に導入された初期の容量市場の仕組みの概略は以下の通りだ。

(1)
PJMがプール全体の適正予備率を決定し、すべてのLSEに「自らの需要規模×(1+PJMが定める適正予備率)」を保有する義務を割り当てる。ただし義務が達成されたかどうかは、実需要に対して必要な供給力を確保していたかどうかが事後的にチェックされる。
(2)
LSEは自らの供給力確保義務を満たすために必要な供給力を、①自己保有、②相対契約、③容量市場のいずれかから調達する。(図2の例ではPECOは全量をExelon Gencoとの相対契約で確保)
(3)
容量市場は実運用年の3年前にまず第1回目が開催され、その後も追加的な市場が月毎もしくは日毎に開設される。この市場で容量の余力のあるLSEや発電事業者は、自らの発電力をクレジットとして容量市場で売ることができ、不足の生じたLSEは容量を購入することができる。
(4)
実運用年に入ってからも需要家はLSEを切り替えていくので、日々、各LSEの実需要(PJMエリアの夏季最大電力への推定寄与分)に対して、予め割り当てた予備率も含めた供給力が実際に保有されていたかがチェックされ、不足分についてはLSEにペナルティが課される。

容量市場で生じた課題とその後の変遷:信頼度価格モデルへの進展

 容量市場の取引価格は以下に述べる通り、需給状況に応じてすべてのプレイヤーが同様の動き方をするため、本質的に大きく上下動しがちである 。図4は2000年度における容量市場価格をプロットしたものであるが、系統全体で供給力に余力のある時はどのプレイヤーから見ても供給余剰が明らかであるため、取引価格が0に近くなり、逆の理屈で不足がちになるとペナルティ額($177/MW/日、PJM全体で余力が少ない場合はその倍)まで張り付く。このように取引価格が乱高下する市場が、中長期的な電源開発を促すのか疑問がある。

(図4)PJMの容量市場での取引価格(2000年5月~2001年4月)
(出所)矢島正之「カリフォルニア州の電力危機とPJMの概要」、
電気事業分科会資料、2002年1月

 また、義務量の割当て方法やペナルティの算定方法にも課題がある。2001年までPJMでは、日々、LSEの供給力確保義務をチェックして、1日ごとにペナルティ177.3ドル/MW・日を課していた。このペナルティ額は、当時のガスタービンの建設コストなどをもとに計算された1日あたりの固定費である。ところがPJM市場外での需給ひっ迫でより高く電気が売れることがあるとわかると、電源のPJMへの「容量登録」を外して供給力確保義務不履行のペナルティを支払いながら、エリア外に電気を売るという経済行為が見られるようになった。夏季に発電力をエリア外に持ち出されることによる供給信頼度低下を懸念したPJMは、ペナルティの算定方法を変えて、夏季期間中の1日でも義務不履行のあったLSEには、夏季4ヶ月分のペナルティを課す方式に変更したのである。
 このルール変更によって、エリア外に供給力を持ち出す行為はなくなったが、高額のペナルティ支払いをおそれるLSEからの容量市場への売りが激減して容量市場が流動性を失い、ほとんどの容量確保手段は自己保有か相対契約に移行したと推定される。このため、供給力確保義務を満たすために新たに電源を自己保有するか相対取引で確保することを迫られた新規参入者や大口需要家団体であるELCONなどからは、容量市場の仕組みは大手事業者による市場支配力が行使されやすく、新規参入の阻害要因となっているとの批判が絶えずなされた。
 PJMではその後も試行錯誤が続けられ、2007年からは信頼度価格モデル(Reliability Pricing Model: 以下RPM)という新しい枠組みを導入するに至っている。RPM導入の主な目的は、市場における取引価格の乱高下を抑制すること、市場支配力を行使しにくい制度を作ることにあった。

 RPMにおいても従前と同様にLSEへの供給力確保義務は残された。一方、RPM導入以前の容量市場ではLSEが自ら市場でクレジットを調達して義務量の不足分を補ったが、RPMでは個々のLSEに代わってPJMがプール全体で必要となる容量を一括して調達した上で、LSEが義務量を満たすための料金をPJMに支払う方式に変更された。このための容量調達の場(容量市場に代わる容量の取引市場)がRPMオークション市場である。変更後の制度の概略は以下の通りである。

(1)
PJMがプール全体の適正予備率を決定し、すべてのLSEに「自らの需要規模×(1+PJMが定める適正予備率)」を保有する義務量を割り当てる。(実際には(4)の通り、日々、事後的に計算される)
(2)
LSEは自らの供給力確保義務を満たすために必要な供給力を、①自己保有、②相対契約いずれかで確保してよい。これはFRR(Fixed Resource Requirement)と呼ばれ、PJMから調達する以外の代替手段と位置づけられる。ただしこの場合は、この方法による確保を最低5年間継続することが求められる。
(3)
PJMは実運用年の3年前からRPMオークションを4回開催して、LSEに代わってプール全体で必要な容量を確保する。(図5)
(4)
実運用年(図5のDelivery Year)に入ってから、需要家のLSE変更を考慮して、日々、各LSEの実需要(PJMエリアの夏季最大電力への推定寄与分)に必要予備率も考慮した必要供給力から、(2)であらかじめLSEが確保した容量を控除したLSE毎の所要供給力(すなわちPJMがLSEに代わってRPMオークションで調達した容量相当)が算定され、LSEはPJMにその対価の支払いを行う。
(図5) RPMオークションの開催タイミング 
(出所) PJMホームページ http://www.pjm.com/

 RPMオークションには、エリア内の既設電源のうちでLSEが相対で確保した容量以外はすべて参加することが義務づけられる(相対契約で取引された電源分については、PJMへの報告が必要)。他方、エリア外の電源やデマンドレスポンスによる需要抑制分、計画中の電源などが任意参加 できる注1
 一方、オークションの買い手はPJMだが、その際にVRR(Variable Resource Requirement)と呼ぶ右下がりの買い入札曲線を用いることとされている。図6に実際のオークションでの入札例を示している。PJMが必要と定めた適正予備率(図中のIRMを指し、2014/2015年度は16.3%に設定)よりも1%予備率が高い水準(予備率17.3%)に達するまでの容量(図中のb点)では、CONE(Cost of New Entry: エリア内での新設ガスタービン発電所の固定費相当額に設定)とよばれる単価で購入しようとしていることがわかる。またこの折れ線では、3年後の予備率が13.3%を下回ると想定される場合(a点)はCONE×1.5相当、予備率が21.3%となるc点ではCONE×0.2相当として、それ以上は調達しないことを示している。なお、広域に跨るPJMエリア内での各地域毎の送電混雑や地域特性を考慮して、5つのゾーン分けがなされており、それぞれのゾーン毎にCONEが設定されている 。VRR曲線のパラメーターの算定方法は、連邦エネルギー規制委員会の承認を得た上でPJMのマニュアルにルールとして定められている。
 なお、下図の例では、取引価格はおよそ115ドル/MW/日でCONEの1/3程度となっており、落札者には約40ドル/kW(約3千円/kW)が支払われたことになる。

(図6)RPMオークションの入札曲線
(2014/2015年度需給分のオークション(2011年5月実施))

注1)計画中の電源については、以下のような要件を満たせば、オークションへの入札が求められている。
・実運用年(Delivery Year)までに運転開始予定であり、必要な電源連系検討が終了していること。
・事前に必要な与信限度を設定すること。 など

(参考文献)
PJMホームページ: http://www.pjm.com/

矢島正之、「カリフォルニア州の電力危機とPJMの概要」、経済産業省電気事業分科会資料(2002年1月)
http://www.enecho.meti.go.jp/denkihp/bunkakai/3rd/3rdshiryou4sankoushiryou.PDF

The Brattle Group, 「PJM市場RPMパフォーマンス評価報告書」(”Second Performance Assessment of PJM’s Reliability Pricing Model”) (2011年8月)
http://www.brattle.com/_documents/UploadLibrary/Upload968.pdf

ELCON: 連邦エネルギー規制委員会の容量市場に関する公聴会 (2001年9月)
http://www.elcon.org/Documents/FERCFilings/PJMrehearing.pdf

経済産業省,電力システム改革の基本方針(2012年7月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf

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