第2話「カンクンCOP16:京都議定書「延長」問題を巡る攻防」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
国際社会から大いなる期待が寄せられたコペンハーゲンのCOP15は、大いなる失望を残して終わった。COP15で大きく傷ついた、国連の下での多国間主義(マルチラテラリズム)を如何に立て直すか? それが、COP16に向けた国際交渉の流れを規定する通奏低音であった。
一方、日本にとっては、COP16は京都議定書「延長」問題を巡る、最も厳しい場でもあった。この問題についてのCOP本番初日の日本政府代表団の発言が大きな波紋を呼び、NGOによる批判のパフォーマンスや、一部の国々との閣僚級での激しいやり取りが日本でも大きく報じられたのをご記憶の方もいよう。しかしながら、この京都議定書「延長」問題について、国際交渉上の意味、法的性質、各国の立場のニュアンスの違いなどが必ずしも十分に理解されていないのではないか。この問題を単純な「先進国vs途上国」の構図や、ましてや「日本孤立論」の図式でとらえると本質を見誤ることになると思う。
なぜ、COP16で京都議定書「延長」論が盛り上がったのか?背景には、COP15後の米欧の立場の変化がある。オバマ政権の気候変動対策への取り組み姿勢が徐々に後退し、また、EUが条件付きながら京都議定書「延長」容認に方針転換したことから、将来枠組み構築のモメンタムが下がった。その一方で、途上国は京都「延長」問題ではもともと一致していたため、国際交渉では京都議定書「延長」、すなわち別図の「カンクン・シナリオ」実現に向けた圧力が強く働くことになった。日本の立場が変わったわけではない。各国の立ち位置の変化により、国際交渉の力学が変わったのである。
この「カンクン・シナリオ」を回避しつつ、なおかつCOP16を成功に導く(少なくとも失敗させない)にはどうすれば良いか。
これが日本の交渉関係者が直面した課題であった。
第2話では、コペンハーゲンCOP15からカンクンCOP16に至る、2010年の気候変動交渉と日本の対応を紹介することとしたい。日本の交渉関係者がこの難題を処理するに際し、如何なる問題意識で臨み、実際に行動したかを垣間みて頂ければ幸いである。
なお、本文末尾の筆者所感において、COPでの交渉をNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」になぞらえるくだりがある。2009年から3年間放映されたこのドラマは、ちょうど放映のタイミングが毎年のCOP本番に重なっていたため、COP終了後に録画をまとめて観るのが年末のささやかな楽しみだった。交渉での興奮の余韻冷めやらぬ中で観ていたせいか、自ずと、「武器無き戦争」たる気候変動交渉と重ね合わせていたのかも知れない。
カンクンでの「武器無き戦争」は如何に戦われたのか。詳細は本文をご覧頂きたい。
(注)ここでいう京都議定書「延長」とは、米国を除く先進国が京都議定書の下、2013年以降も新たな数値目標を掲げて第二約束期間を設定することをさす。京都議定書自体に期限はなく、議定書にも延長手続きはない。他方、第二約束期間設定を指して俗に京都議定書「延長」とよばれることが多いので、便宜的にこの表現を用いることとする。
別添:第2話「カンクンCOP16:京都議定書「延長」問題を巡る攻防」
*本文中意見にかかる部分は執筆者の個人的見解である。