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欧州の温暖化対策の野心レベルとカーボンリーケージの関係


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 欧州では野心レベルの引き上げ議論が喧しい。しかし温室効果ガス削減の野心レベルを上げれば欧州のエネルギーコストは上昇し、産業競争力に影響が出ることも事実だ。この点についてコペンハーゲン大学が興味深い分析「EU経済の脱炭素化の貿易フロー、カーボンリーケージへのインプリケーション注1) 」を行っているので紹介したい。

http://tool.european-calculator.eu/intro

 上記のサイトにアクセスすれば誰でも様々な条件設定をして欧州の温室効果ガス排出量、コスト、雇用への影響等をモデル計算できる。条件設定としては人びとの行動パターン(旅行、家庭、食生活、消費)、技術と燃料選択(運輸、建築、製造業、発電部門)、資源と土地利用等の分野で野心レベルを最低の1から4まで設定できる注2) 。野心レベルとは例えば発電部門でいえば風力発電、太陽光発電、その他再エネの設備容量、原子力の設備容量、化石燃料火力の設備容量、CCSの比率等をパラメーターとしている。野心レベルを設定すると計算が行われ、下記のようなセクター別の排出パスが現れる。
 レファレンスシナリオではEUのネットの温室効果ガス排出量は2030年時点で1990年比24%減、2050年時点で46%減となる。

 全ての分野で野心レベルを最低の1(P1シナリオ)に設定すると、ネット排出量削減率は2030年時点で90年比11%減、2050年で90年比24%減に低下する。

 他方、全ての分野で野心レベルを最高の4(P4シナリオ)に設定するとネット排出量は2030年時点で2010年比90年比74%減、2045年前にはネットゼロとなり、2050年には90年比111%減でネットマイナスとなる。

 EUCALCでは、それぞれのシナリオに応じて一次エネルギー供給、交通部門のモード別内訳、建築物のエネルギー需要、素材産業の業種別生産量、土地利用面積内訳、家畜頭数、水資源利用指数、大気汚染(PM2.5)による死亡者数、レファレンスケースと比較した国別雇用増加率、エネルギー施設投資コスト、運転費用、レファレンスケースと比較した域外国・地域との輸出入増減等も計算される。例えばエネルギー投資、運転費用レファレンスケースでは2045年で資本支出が750億ユーロを超過し、運転費用は年間500億ユーロ前後で推移するが、野心レベルを最低レベルにすると資本支出が2045年時点でも年間750億ユーロを下回り、運転費用は低下傾向を示し、シナリオ期間の大半で400億ユーロを下回り続ける。これに対して野心レベルを最高レベルにすると資本支出は2025年時点で年間2000億ユーロを上回り、運転費用も年々増加し、2050年には1000億ユーロに達する。

 コペンハーゲン大学の分析は最も野心レベルの低いP1シナリオと最も野心レベルの高いP4シナリオをレファレンスシナリオと比較し、EUの域外国との貿易パターンへの影響及びカーボンリーケージ(EU域内での排出削減の何%が域外での排出増で相殺されるか)を計算したものである。
 それによると野心レベルの低いP1シナリオではほとんどの地域でEUからの輸出が増大する一方、輸入は減少し、貿易収支は改善する。ただし化石燃料調達先であるロシア、中東においてはガス、石油輸入が増大する。またセクター別に見ると製造業の輸出増大が大きく進む。
 他方、野心レベルの高いP4シナリオではほぼ全域にわたってEUからの輸出が減少する一方、輸入が増大し、貿易収支が悪化する。地域的には中国をはじめとしたアジア、米国向けの悪化が著しい。セクター別には石油を中心に化石燃料輸入が低下する一方、脱炭素化を進めるために製造業の生産高がEU域内で低下する結果、輸入が増大する。サービス業についても消費者の支出が炭素集約度の低いサービスに向うため、輸入依存度が増大する。
 このため、P4シナリオにおいてはEU域内における1トンの排出削減が域外での0.615トンの排出増加をもたらす結果となる。

 以上を踏まえ、コペンハーゲン大学の分析では「EUだけが野心的な脱炭素化を進めてもその他世界が同様の努力をしなければ、燃料輸入減少分を大幅に上回る貿易収支悪化が生じ、EU域内の温室効果ガス削減の相当部分も域外の温室効果ガス上昇によって相殺される。欧州グリーンディールで指摘されているように、温暖化政策を行うに当たってはカーボンリーケージを考えねばならない。リーケージを防ぐ方法としてはイノベーション投資、炭素税の還付等の国内税制措置、EU-ETSの無償配賦、炭素調整メカニズム等の貿易措置が考えられる。政策を導入するに当たっては域外国がEUに見合った脱炭素化努力を行うような有効なインセンティブになることが重要である」と結論づけている。

 脱炭素化を進めれば新しい産業、技術、雇用が生まれるというのが欧州グリーンディールの謳い文句であるが、貿易支出の悪化、コスト、カーボンリーケージを無視することはできない。フォンデアライエン委員長が炭素調整メカニズムを真剣に検討しようとしているのはそれが理由であり、逆にこれがうまくできないようであれば、欧州グリーンディールに沿った野心レベルの引き上げに制約がかかることになる。

注1)
http://european-calculator.eu/wp-content/uploads/2020/04/EUCalc_PB_no7_Trade.pdf
注2)
http://www.european-calculator.eu/wp-content/uploads/2020/04/EUCalc_Transboundary_documentation.pdf