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オゾン層破壊物質が地球温暖化を起こしたかもしれない


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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 「20世紀後半に起きた地球温暖化の3分の1と、北極の温暖化の半分は、オゾン層破壊物質による影響だった」とする衝撃的な論文が発表されたので紹介する。
 同論文は、CO2が地球と北極の温暖化に寄与していることは間違いないが、オゾン層破壊物質も、これまで考えられていたよりも温暖化に大きく寄与していたのではないか、としている。
 この主張は、その是非については今後の学界の議論を待たねばならないが、政策的に示唆するところが大きい。もしも地球温暖化へのオゾン層破壊物質の寄与が大きかったならば、それだけCO2の寄与は少なかったことを意味する。すると、今後CO2を削減する政策が温度上昇を抑止する効果は、それだけ少なくなる。

1.発表された論文

 標題の論文はコロンビア大学のPolvaniらによってNature Climate Changeに発表された。
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/13188

 コロンビア大学からはプレスリリースが発表されており、ニュースウィークでも報じられている。
https://blogs.ei.columbia.edu/2020/01/20/ozone-depleting-substances-arctic-warming/
https://www.newsweek.com/banned-ozone-destroying-substances-arctic-warming-1483037

2.これまでの経緯

 オゾン層破壊物質(Ozone Depleting Substances, ODS) が地球温暖化を引き起こす温室効果ガスでもあることは、これまでも認識されていた。しかし、その役割はCO2に比べれば桁違いに小さいと認識されていた注1)
 また、気候変動枠組み条約やパリ協定では、ODSは「オゾン層保護条約」で既に対象としているので「管轄外」であるとされて、殆ど注目されてこなかった(環境条約にも縦割り構造がある)。
 IPCCでも、特に温暖化対策を議論するときには、専らCO2を筆頭にいわゆる温室効果ガスが注目され、ODSは注目されてこなかった。顕著な例として、温室効果ガス排出量の推移を示す政策決定者向けの要約の図において、オゾン層破壊物質はモントリオール議定書で取り扱われているために除外されていた(図1)。


図1 世界全体の温室効果ガス排出量の推移を示すIPCCの図。
オゾン層破壊物質が除外されている。なお図中でF-Gasesとあるのは、
ODSではなく、オゾン層破壊条約で対象となっていないフロンガスである。
IPCC 第五次評価報告書 図SPM 1
https://archive.ipcc.ch/report/graphics/index.php?t=Assessment%20Reports&r=AR5%20-%20WG3&f=SPM

3.論文の概要

 同論文では、ODS排出が急激に増加した1955年から2005年の間で見ると、オゾン層破壊物質が地球温暖化にもたらした効果は大きかった、ということを、気候モデルのシミュレーションによって示した。
 方法としては、

A ベースライン
 1955年を起点として、ODSの歴史的な排出量推移に基づいて計算した2005年の地球の気候
B 「ODSなかりせば」の場合
 1955年を起点として、ODSの濃度を1955年の時点で固定した場合の2005年の地球の気候

 の両者を複数の数値モデルによって計算し、その差を検討した。その結果、以下の3点が分かった。

地球全体の温度上昇は、A は0.59℃、Bは0.39℃だった。つまり、この間の地球の温度上昇は、その3分の1がODSの存在によるものだった。
北極圏(北緯60度以上)の温度上昇は、Aは1.59℃、Bは0.82℃だった。つまり、この間の北極圏の温度上昇は、その半分がODSの存在によるものだった。
北極圏の9月の海氷域(氷で覆われた面積)の減少速度は、AはBの2倍だった。つまり、この間の海氷域の減少は、その半分がODSの存在によるものだった。

 なおPolvaniは、このようにODSが気候に作用する因果経路としては、ODSによる直接的な温室効果が主であり、オゾン層を破壊することによる間接的な効果は小さい、としている。

4.政策的な意味合い

 これまで、IPCCでは、20世紀後半に進行した地球温暖化(図2)は、主にCO2等の温室効果によるものであるとされてきた。だが、もしもODSの寄与もこれまで考えられていたより大きいとなると、どのような政策的意味があるのだろうか。
 まず第1に、現在、国際条約の下で実施しているODSの削減政策を加速することが正当化される。こちらの方がCO2削減よりも安価に出来るならば、温暖化対策として魅力的な選択肢となる。
 そして第2に、20世紀後半におきた地球温暖化へのCO2等の寄与は少なかったことになる。すると、今後CO2等の排出量を抑制する必要性もそれだけ薄れることになる。
 いずれにせよ、今はまだ1つの論文が発表された段階である。今後、この理論の妥当性を巡って研究が深まることに期待したい。


図2 20世紀後半に起きた地球の温度上昇。IPCC第5次評価報告書 10章 Fig 1
https://archive.ipcc.ch/report/graphics/index.php?t=Assessment%20Reports&r=AR5%20-%20WG1&f=Chapter%2010

注1)
例えば温室効果ガスの放射強制力を比較した図では、オゾン層破壊物質については、1750年からの累積で0.18程度であり、CO2が1.68程度であることに比較して1桁少ない温室効果しか持たないことが示されている(IPCC 第五次評価 図 SPM5、図中の「Halo-carbons」がオゾン層破壊物質に該当)
https://archive.ipcc.ch/report/graphics/index.php?t=Assessment%20Reports&r=AR5%20-%20WG1&f=SPM


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