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思想対立の場としてのアマゾン森林火災


読売新聞編集委員


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 南米アマゾンの熱帯雨林の火災は毎年起きている。現地の農民が耕作地を確保する焼き畑農業のためである。ただ、今年のアマゾン森林火災は一躍、国際的な大問題となった。それは、この問題が国際社会を舞台に政治化したことが大きい。政治的対立の一方の当事者は、今年1月に就任したブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領である。もう一方の当事者が欧州連合(EU)、なかんずく、フランスのエマニュエル・マクロン大統領である。
 政治化する発端は、マクロンが8月24~26日にフランス・ビアリッツで行われたG7サミットを前に、G7議長として、アマゾン森林火災の問題を主要議題として取り上げる意向を表明したことだった。マクロンはまた、ボルソナロが6月に大阪で開かれたG20サミットで、地球温暖化に関するパリ協定の遵守を約束したのに守っていないとして、嘘つきと批判した。
 ボルソナロはこれに反発し、マクロンに個人攻撃を加え、その後G7で火災沈静化に向けて約21億円の資金協力を決めたことに対して、「G7が我々を植民地であるかのように扱っている。マクロンが侮辱発言を撤回しなければ援助は受け取らない」などと述べて、一時援助受け取りを拒否したりした。
 こうしたボルソナロの姿勢に対し、EU諸国のうち、フランス、アイルランド、フィンランドは、すでに政治合意に達したEUとメルコスル(=南米南部共同市場。ブラジルなど4か国)との間の自由貿易協定(FTA)の破棄、ドイツやノルウェーは援助基金への支出停止といった警告を発して、ボルソナロに森林火災対策の強化を求めた。


画像提供:PIXTA

 
 もともと熱帯雨林の保護問題は歴史の長い問題である。1983年に国際熱帯木材協定(ITTA)が採択され、1992年の地球サミットでは、森林保護をうたった森林原則声明が採択されている。これまでも熱帯雨林の乱開発に警鐘が鳴らされてきたが、ブラジル対EUといった主要国間での問題の政治化はこれまでにないものだろう。
 欧州の今夏は、フランスで摂氏45度を超える気温となるなど、多くの国で観測史上最高気温を観測した。ドイツでは昨年夏に続き、干ばつの被害が報告されている。
 旧知のブリュッセルのシンクタンク「欧州研究センター」のロラント・フロイデンシュタイン政策部長とこの問題に関してメールをやりとりしたところ、同部長は「こうした体感が作用し、特に北欧、西欧諸国の地球温暖化に対する危機感は強く、ドイツの緑の党など環境政党が躍進している。早急な地球温暖化対策を求め、授業をボイコットして行われている学童のデモFridays for Futureも、若者の間で広く支持されている」と現状を説明した。
 一方、最近発表された「ブラジル国立宇宙研究所」の報告は、今年に入ってのアマゾンの森林火災件数が4万4000件と、昨年の2倍の規模で起きていることを明らかにしている。
 もともと、地球環境への意識が高かった西欧諸国だが、昨今の欧州の「異常気象」は、地球温暖化を実感させ、アマゾンの現状に対して危機意識を強めるよう作用したのは間違いない。そして、問題をさらに先鋭化させているのは、EUの多くの加盟国が、ボルソナロの政策が火災の遠因と見なしていることである。
 ボルソナロは就任後、環境保護団体への補助金を削減し、生物多様性や先住民のために保護が優先されてきたアマゾンで農畜産業拡大を進める方針を示した。彼の基本的な思想は、「環境」よりも、経済的な豊かさを重視する「開発」を優先する従来型の開発主義のようだ。ボルソナロは「ブラジルのトランプ」の異名を持ち、地球温暖化対策の「パリ協定」から離脱する方針を打ち出したこともある。
 一方、マクロンはG7で、「私たちの家が燃えている。アマゾンは我々の共通財産だ」と述べ、「地球の肺」とも呼ばれるアマゾンの熱帯雨林保護の理由を、人類共通の公益という観点で見るべきことを強調した。
 フロイデンシュタイン政策部長は、「マクロンはドイツのメルケル首相に代わり、重要な欧州の指導者になりたい。地球温暖化問題は得点になるテーマだ。アマゾン森林火災への介入的な行動は、多くの欧州人から人類生存のための関与だと見なされており、マクロン、そしてフランスがグローバルな役割を担っていると強調するのに役立っている」と分析した。
 アマゾン森林火災を巡る対立とは、現代世界の左右のイデオロギーが森林火災を巡っても戦わされている側面もある。ボルソナロは自国第一主義をとり、国連人権委員会からの離脱も示唆した。EUのボルソナロ嫌悪は、環境問題に止まらず、極右ともポピュリストとも言われる、彼の政治姿勢全般に拠るものと見ることが出来る。ボルソナロにとって見れば、EU主要国で主流のリベラリズムは、普遍性の名の下に内政干渉を許す敵対的なイデオロギーと映るのだろう。
 また、ブラジルのエルネスト・アラウージョ外相は9月、「温暖化で地球が滅亡しようとしている」といった主張を掲げる「気候主義」(climatism)は一つのイデオロギーと化しており、「このイデオロギーの担い手は政策を押しつけるために道徳的な戦争を仕掛けている」などと述べて、フランスなどの動きを牽制した。
 人類の普遍的な価値があると見て、その促進を図ることが正しいと見るリベラルあるいは「左」の立場。反対に普遍性に懐疑的で、一国主義で振る舞うことが望ましいとするポピュリズムあるいは「右」の立場。この二つの立場は、難民受け入れ問題でも、貿易秩序、安全保障の面でも、今の世界を分裂させている中心的な座標軸となっている。
 そうであれば、アマゾンの森林火災問題を鎮火させるのは、アマゾンの現地でも国際社会の舞台でも容易ではないと見なければならない。



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