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マット・リドレーとの対話


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 過日、英国貴族院議員にして科学ジャーナリストのマット・リドレーと意見交換する機会があった。彼は『ゲノムが語る23の物語』(Genome: The Autobiography of a Species in 23 Chapters)『やわらかな遺伝子』(Nature via Nurture: Genes, Experience, & What Makes Us Human)、『繁栄―明日を切り拓くための人類10万年史』(The Rational Optimist: How Prosperity Evolves)等の著作で世界的に著名な人物である。
 彼は以前、読売新聞の三宅範英氏が本欄でインタビュー記事注1) を載せたベニー・パイザー氏が事務局長を務める地球温暖化政策財団注2) の学術諮問委員会メンバーでもあり、温暖化問題について行き過ぎた悲観主義やコスト高の温暖化対策に対して一貫して批判的な論陣を張っている。
 温暖化についての彼の考え方については上記財団で彼が行った講演注3) が非常にわかりやすいので是非、視聴をお薦めする。そのポイントは以下の諸点に集約される。

温暖化問題の悪影響は誇張されている。過去39年間の温度上昇は0.15度に過ぎず、過去のモデル分析の予測を大幅に下回っており、台風や旱魃の頻度が増大したという証拠もない。
温暖化議論はネガティブな側面ばかりを強調し、温暖化による便益を無視している。CO2排出拡大により世界では緑化が進んでいるのだが、誰もそのことを語らないし、聞きたがらない。CO2排出増による悪影響を理由に農民が石炭産業に賠償を求めるという話があるが、CO2排出増により収穫量が上がっている側面もあり、農民はその分を石炭産業に払ってもよいくらいだ。
温暖化議論は科学を単純化しすぎている。実測値を見れば気候感度はもっと低いはずである。
再生可能エネルギーへの膨大な補助金をはじめ、各国政府は温暖化について誤った解決策を推進している。過去30年間にわたって太陽光に膨大な補助金を費やしているにもかかわらず、世界の発電量に占めるシェアは1%程度。本当に温暖化に真面目に取り組むのであれば原子力を推進すべきなのに、直近のIPCC1.5度報告書は原子力に対して極めてネガティブ。
温暖化の進行がモデル予想よりもゆっくりなのであれば、化石燃料をすぐにフェーズアウトするのではなく、徐々に石炭からガスに転換し、更にコスト低下に伴って再エネシフトをすればよい。原子力はブリッジ技術として活用すれば良い。
温暖化防止のためにはイノベーションが必要。政府が太陽光、風力等、特定技術を選んで膨大な補助金を費やすことは大きな誤り。むしろ技術中立的な炭素税を導入することが正しい。
自分は温暖化が生じていること、温暖化が悪影響をもたらすこと、温暖化の原因が人間起源の温室効果ガスであることを全て認める。しかし環境主義者が言うほど、温暖化は危険ではないと考えている。しかし自分たちは環境派から「懐疑派」であるとレッテルを貼られ、様々な中傷を受けている。ヘンリー・ハックスレーは「自然の知識を改善するためには権威を否定しなければならない。懐疑主義は最も崇高な義務であり、盲信(blind faith)は許されざる罪(unpardonable sin)である」と述べ、リチャード・ファインマンは「科学とは専門家の無知を信ずることである」と述べている。

 彼の議論はCOP界隈で語られる常識とは大きく異なるものであり、それだけに新鮮かつ知的に興味深いものである。昼食を共にした際、「貴方は温暖化に関する極端な悲観論、政府による誤った施策が問題であると述べたが、そのほとんどが欧州発である。なぜ欧州で緑の党や環境運動はかくも影響力があるのか。米国との違いは何なのか」と聞いたところ、「米国人の中には宗教心の強い人が多いが、欧州では宗教への帰依が低下しており、宗教にかわる新たな帰依の対象として環境運動が出てきた」との答であった。「欧州における温暖化簿運動の勃興と社会主義の没落は機を一にしているが、両者は関係があるのではないか」と聞いたところ、「その側面は確かにある。環境活動家を表現するジョークとして、外側は緑で中は赤という意味でスイカ(watermelon)というものがある」との答が返ってきた。筆者は環境派の議論の中に計画経済的、政府介入的な色彩を強く感じており、それが再確認された形である。
 食事の終わり頃、「1.5度報告書に代表されるように温暖化防止のために必要とされる絵姿(2050年前にネットゼロエミッション等)と現実とのギャップはますます拡大している。どこかで両者の辻褄が合わなくなり、破綻するのではないか。どこかで立ち止まって考え直すことにはならないのか」と聞いたところ、彼はニタリと笑って「残念ながら2049年になっても1.5度~2度目標を達成可能だと主張する人はいるだろう。しかし国連が行った世界の970万人を対象に行った意識調査では皆が関心を有しているのは教育、保健医療、雇用機会等であり、温暖化防止は16項目中最低だった。最近は廃プラスチックへの関心が高まっており、そのうち関心がそちらに向くのではないか」と言っていた。

 国連持続可能目標(SDG)に代表されるように世界のかかえる課題は数多く、それぞれに人的、資金的リソースを必要とする。彼が言うように誇張された温暖化脅威論に基づき、既存技術に膨大な補助金を投じ続ければ、その分、イノベーションや他の政策アジェンダに回るべきお金がクラウドアウトされることになる。COPの世界ではハックスレーが言う「盲信」から脱することは難しいかもしれない。しかしタテマエは別として各国の現実施策は必然的にプラグマティズムに裏打ちされたものになっていくしかないとも思える。筆者は2050年時点では91歳になる。それほど長生きしたいとも思っていないが、温暖化をめぐる現在の議論を2050年から振り返ってみるとどう映るのか、見てみたい気もしている。

注1)
http://ieei.or.jp/2018/11/special201704011/
注2)
http://www.thegwpf.org/
注3)
https://www.youtube.com/watch?v=YCcLggcPcj0