より現実的な気候変動政策に向けて


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


印刷用ページ

 先日、旧知のRoger Pielke Jrコロラド大学教授から「Opening Up the Climate Policy Envelope」と題する論文が送られてきた注1) 。筆者はかねてから温暖化サークルでの議論と現実との間の乖離の広がりに懸念を有しており、先般、Breakthrough Institute のTed Nordhouse の論考を「2℃目標をめぐる現実的アプローチ」として紹介したところである注2) 。今回のPielke 教授の論考も同様の問題意識に基づくものであり、温暖化防止をめぐる議論に内在する問題点を浮き彫りにする有益なものと思われる。Pielke教授の主な指摘は以下のとおりである。

気候変動枠組み条約以降、25年間にわたる努力にもかかわらず、温暖化防止に向けた国際的取り組みは成功していない。京都議定書をはじめとするこれまでの取り組みがうまくいっていない以上、政策オプションの範囲(policy envelope)を広げるべきだが、現実には政策オプションを広げるのとは逆に、IPCCのシナリオ分析を用いて現在のアプローチを守ることに汲々としている。

シナリオ分析の目的はUNFCCCに基づき気候政策を講じた場合とそうでない場合の今後数十年の絵姿を示すことにより、政策担当者に気候政策の費用と便益を理解させることにある。

しかしIPCCの統合評価モデル(IAM)では2つの強い想定が置かれている。第1に対策をとらない場合、CO2排出量の大幅拡大、社会へのネガティブ影響により、巨大なコストがかかるという点、第2にCO2排出量削減、除去に伴う追加的行動のコストは低い、ネットでみればコストがかからないという点である。問題は行動をとらない場合のコストが想定されるほど高くない場合、あるいは追加的行動のコストが想定されるほど低くない場合にどうするかということである。

シナリオ分析は世界が温暖化防止にどう取り組むべきかという特定の前提や信念にとらわれたものになる可能性があり、この場合、将来に対する我々のビジョンを狭隘化し、想定外の事態に対する脆弱性を高めることになる。

IPCCのシナリオ分析ではバイオマスCCS(BECCS)の役割が非常に大きく想定されている。IPCC第4次評価報告書ではBECCS技術の知見は限られており、更なる研究が必要とされている。その後、BECCSに関する政府部内の議論、市民社会との対話、調査研究がほとんど進んでいないにもかかわらず、第5次評価報告書では2℃目標を達成するためにBECCSが中心的な役割を果たすこととされている。モデルにおいて大量のBECCSを想定する結果、より野心的な目標を達成するためのオプションが拡大することになる(極端なシナリオでは21世紀をとおしてBECCSによるCO2貯留量を1兆トンも見込んでいるという。これは年間120億トンの貯留量に相当し、2017年の化石燃料由来のCO2排出量が370億トンであることを考慮すれば、その法外さは明らかである)。皮肉なことに国際的な温暖化対策はほとんど進展しておらず、排出が拡大しているにもかかわらず、IPCCモデルのレンズを通してみると長期の気候安定化が容易であるように映るのである。現在の政策オプションを維持するため、現実世界ではなく、モデルの世界で非現実的なオプションが創出され、緩和政策の実効性の欠如を覆い隠すこととなった。大規模なBECCSはスターウオーズのライトセイバーのようなサイエンスフィクションである。

IPCCシナリオのもう一つの特色は、世界経済のエネルギー集約度、炭素集約度が自然体で低下(spontaneous decarbonization)するという想定である。PwCの分析によれば2℃目標を達成するためには炭素集約度を年率6.4%で低下させねばならないが、2000年~2016年の炭素集約度の低下率は年率1.4%であった。これは追加的な対策によって年率5%分の上乗せをしなければならないことになるが、仮に自然体の低下率を2.4%~3.4%に引き上げれば追加的対策の負担はその分小さくなる。BECCSと自然体の脱炭素化の進展を組み合わせることにより、これまでの気候変動対策のオプションを維持しつつ、目標の野心度を引き上げることが可能となるが、これは気候変動と経済に関するシミュレーション結果が研究者の判断に大きく左右されることを意味する。

更にIPCCシナリオでは、気候変動のインパクトを評価する際、2100年以降も放射強制力の上昇が続く「高位参照シナリオ」(RCP8.5)が使われることが多い。これにより将来の気候システムへの悪影響、将来コストは大きく評価される。将来コストを大きく評価するということは緩和対策の便益を大きく評価することと同義である。このような想定で費用便益分析を行えば、長期的に莫大な便益が得られるのであれば、短期的な高コストを理由に野心的な緩和対策を躊躇することは非合理的、もっと言えば気候懐疑論者だということになる。しかしRCP8.5をBAU(Business As Usual)として使うことは非現実的との批判があり、科学者が気候変動の影響の深刻さを際立たせるための誤魔化しであるとの疑惑を招くことになる。

このようにIPCCシナリオには多くの問題があるが、現実に世界のCO2排出量は増大しているのであり、現在の温暖化対策が失敗していることは打ち消しようがない。恐らく近いうちに世界の排出量が2020年代にピークアウトせず、2℃目標が達成できないということを認めざるを得なくなるだろうが、誰もそれに対する備えがない。

現在の政策オプションの範囲を超えた、以下のような発想を検討すべき時である。

»
BECCSを想定しない場合、気候政策のオプションはどうなるか?

»
2℃目標を放棄した際、何が起きるのか?

»
温度目標やCO2排出目標ではなく、非化石エネルギー目標のような技術目標を設定した場合、どうなるか?

»
2℃目標を達成するためには2050年までに毎日100万石油換算トンの化石燃料消費(原子力1基分に相当)を削減する必要がある。UNFCCCはこの問題を直視していないが、真正面から取り組んだら気候変動政策の議論はどうなるのか?

»
長期大幅削減を可能にするための革新的技術が存在しない中で、国内的、国際的イノベーション政策はどうあるべきか?

»
RCP8.5のような最悪シナリオを前提としない場合、気候政策の議論はどのように変わってくるのか?

»
今後数十年ではなく、各国の政治サイクルと整合的な数年間というタイムフレームで費用便益分析を行った場合、気候政策議論はどうなるか?

 冒頭の寄稿をお読みいただければわかるように、筆者は多くの点でPielke教授の見立てに賛同するものである。気候変動交渉に参加した経験に照らすとUNFCCCやIPCCにおける議論とエネルギーをめぐる現実との間の乖離が近年ますます拡大しているように感じている。2℃目標の達成さえ強く危ぶまれているにもかかわらず、パリ協定で更に野心的な1.5℃目標が書き込まれたのはその典型例である。今秋、IPCCが1.5℃特別報告書を出せば、こうした傾向に更に拍車がかかることになろう。理想と現実の差がどんどん広がり、政治的に受容困難な目標引き上げ論が幅を利かすことは望ましくないし、他方、無力感が蔓延するのも望ましくない。そもそも気候変動については気候感度、損害、対策コストを含め、多くの不確実性があるのだ。気候変動対策に対する息の長い取り組みをするためには、Pielke教授のような、これまでの枠にとらわれない発想が必要だと思う。

注1)
https://drive.google.com/file/d/1GrcmbqnQ89GfaXY7gvO1O4-YzderjiXJ/view
注2)
http://www.gepr.org/ja/contents/20180327-01/