化石燃料の環境便益


キヤノングローバル戦略研究所/IPCC1.5度特別報告書代表執筆者


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 化石燃料というと環境を害する悪者扱いされている。だが実は、多くの環境上の便益がある。このことは、従前は良く研究されてこなかったが、正確に評価することが望ましい。それはCO2の濃度増大および温暖化への最善の適応戦略の策定にもつながる。

1 はじめに

 化石燃料を利用することで起きうる環境上の悪影響(以下、環境費用と呼ぶ)については、既に多くの情報が容易に入手できる。
 その一方で、環境上の好影響(以下、環境便益と呼ぶ)についてはあまり知られていない。まとまったレポートとしては(Goklany 2015)注1)があり、本稿で述べる項目の半分程度は言及されている。以下ではこのGoklany報告から多くの知見を取り入れつつ(従ってこの報告については逐一引用しない)、他の文献および筆者の知見を加えて、環境便益について説明する。

2 化石燃料の環境便益

 化石燃料の環境便益(と環境費用)は、にまとめたように、多岐にわたる。以下、順に説明をする。


表 化石燃料の環境便益と環境費用

表 化石燃料の環境便益と環境費用

①地球温暖化―農業生産性

 日本の東北・北海道地方がそうであったように、人間の農業の歴史の多くは寒さとの戦いであった。温度が上がることは、多くの場合に、農業生産性の向上に寄与する注2)。農業生産性の向上は生物多様性の向上に直結する(⑦で後述)

②地球温暖化―生物多様性

 一般に温暖な地域のほうが寒冷な地域よりも生物多様性は高い。例えば、熱帯のジャングルでは最も生物多様性が高く、寒冷な北極圏では生物多様性が低い。したがって温度の上昇は生物多様性の向上をもたらす。このことは生態系への地球温暖化の環境影響評価で有名になったクリス・トマスが指摘した(Thomas 2013注3); ピアス 2017注4))。

③炭素肥沃化(carbon fertilization) (または施肥効果fertilization effectとも言う)

 植物はCO2を原料とした光合成によって生育するので、高いCO2濃度は農業生産性を向上させる。また特に乾燥域で、水の利用効率が高まる(http://ieei.or.jp/2018/04/sugiyama180413/)。これは、CO2を取込むために気孔を開けておく必要性が下がり、水分の蒸散が減るためである。以上による農業生産性の向上は、生物多様性の向上に直結する(⑦で後述)。

④地球緑色化(global greening)

 炭素肥沃化の効果は、農業の作物だけではなく、生態系全般に及ぶ。あらゆる生態系は植物の光合成に支えられている。過去のCO2濃度上昇の結果として、地球規模で大幅な植生の増大が起きていることが報告された(http://ieei.or.jp/2018/04/sugiyama180413/)。
 この地球緑色化の効果は、サンゴ礁にも及ぶ。サンゴも(正確に言えばサンゴと共生している褐虫藻も)光合成によってエネルギーを得るために、種によっては、CO2濃度が増大することで成長が活発になることが知られている(http://ieei.or.jp/2018/04/sugiyama180413/)。
 

⑤窒素肥料製造

 窒素肥料製造のためには主にハーバー・ボッシュ法が用いられており、化石燃料の燃焼によって発生する高温・高圧を利用して窒素が大気中から固定されて肥料となる。こうして作られた窒素肥料は農業生産性を大幅に高める緑の革命の原動力となった。農業生産性の向上は生物多様性の向上に直結する(⑦で後述)。

⑥素材製造

 鉄・セメント・プラスチックといった素材は、何れも化石燃料を利用することでその大半が製造されている。技術的には、この素材を木材に依存し、燃料をバイオ燃料にすることは可能である。しかしこれは土地利用への圧力を生み出して生物多様性を減少させる。化石燃料はこれを防いでいる(⑦で後述)。

⑦生物多様性の向上

 生物多様性の向上にとって最も重要なのは、生物の生息域を確保することである。したがって、土地利用への圧力を軽減することが生物多様性の向上にとって鍵となる。上記のうち①温暖化による農業生産性の向上、③の炭素肥沃化、⑤の窒素肥料製造、⑥の素材製造はいずれも、土地利用への人類の圧力を大幅に軽減し、生物多様性の向上に寄与する(Ridley 2016) 注5)。
 例えば日本は国土がはげ山だらけになったことが2度あった。江戸時代中期と第二次世界大戦直後である。何れも農業や素材としての利用が原因であった(杉山 2012「環境史に学ぶ地球温暖化」 エネルギーフォーラム)。現在の日本は歴史上で最も森林面積が多い部類に入るが、これは人口や一人当たりの人間の活動レベルの高さを考えると驚異的なことである。これは化石燃料の利用によって可能になっている。

⑧大気汚染の軽減

 開発途上国における最大の大気汚染問題は、薪炭の利用による室内大気汚染である。日本でも、昔の民家では中央には囲炉裏があり、常に煙が部屋に充満していた。今でも古民家園などに行けば、それが如何に煙いかを体験できる。このような室内大気汚染は、化石燃料や、その利用による電気の普及によって、大幅に削減される。先進国ではそのような経緯を辿り、健康状態の改善がなされてきた(Paunio 2018) 注6)。

その他

 表には含めていないが、他にも化石燃料の環境便益としては、化石燃料燃焼に伴う窒素化合物による地球緑色化(窒素酸化物は高濃度だと人体に有害だが、窒素化合物自体は植物の生育のために必要な栄養分でもある)、農業・建築廃棄物の燃焼に伴う大気汚染の化石燃料代替による軽減などがある。他にも何か検討漏れがあるかもしれない。

議論

 化石燃料の最大の便益は、勿論、あらゆる産業の労働生産性を高め、未曾有の経済成長をもたらし、今日の文明の原動力となったことにある。他方でその利用に関わる環境費用の問題が重視され、利用を制限すべきである、という考え方が多くなった。

 他方で、環境便益もかなり大きいことはあまり注目されてこなかった。において、環境便益の項目数が多いことは必ずしも環境便益の総和が大きいことは意味しないけれども、更に詳しい分析をするべきである。

 その理由は、第1に、CO2濃度が増大し温度が上昇した場合に、農業技術や生態系保護活動において、どのような適応戦略を取ることが適切か、知見を得ることが出来るためである。そして第2に、CO2削減はどの程度進めることが妥当か、という点に関して知見を得ることが出来る。

 化石燃料の環境費用についても、今一度便益と合わせて検討しなおす価値がある。健康・寿命については、日本では夏季の熱射病の増大ばかりが喧伝されるが、冬季を考えれば、温暖化は好影響であることはほぼ間違いない(Goklany 2015 前掲、p31)。 海洋酸性化も、実はCO2の増大によって好影響を受ける生物が多くいることを考え合わせる必要がある(http://ieei.or.jp/2018/04/sugiyama180413)。大気汚染については、発電所などの大規模な排出源からの(厳しい環境基準をクリアした)汚染よりも、小規模で無数にある(環境基準自体が殆ど存在しない)排出源による室内大気汚染の方が、遥かに深刻な健康被害を及ぼしていることを考え合わせる必要がある。

 なお化石燃料の便益として言及したのと同等なことは、原子力、水力、地熱、太陽光・熱等の他のエネルギー技術でも実現できる部分もある。しかし歴史的に、そして現時点の技術水準において、化石燃料が主要な役割を果たしていることには違いがない。

注1)
https://www.thegwpf.org/content/uploads/2015/10/benefits1.pdf
注2)
農業活動は温度上昇に合わせて適応させるという妥当な前提のもとでの結論。IPCC第5次評価第2部会報告 AR5 WG2;(杉山 2014)「地球温暖化とのつきあいかた、ウェッジ」; (杉山2012) 「環境史に学ぶ地球温暖化」 エネルギーフォーラム。
注3)
The Anthropocene could raise biological diversity
https://www.nature.com/news/the-anthropocene-could-raise-biological-diversity-1.13863
注4)
分かりやすい解説として: ピアス 2016 「外来種は本当に悪者か」、草思社
注5)
分かりやすいプレゼンテーション(ただし英語)
http://www.rationaloptimist.com/videos/matt-ridley-on-how-fossil-fuels-are-greening-the-planet/
注6)
PUBLIC HEALTH COMMISSION IS "SACRIFICING THE POOR"
https://www.thegwpf.org/public-health-commission-is-sacrificing-the-poor/


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