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低炭素社会の実現に向けた水素エネルギーについて(1)

-熱需要におけるCO2フリー水素による化石燃料代替-


東京電力ホールディングス(株)技術・環境戦略ユニット技術統括室 プロデューサー


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最終エネルギー消費と水素エネルギーの現在の利用状況

【1】はじめに

 現在、国際的なエネルギー価格変動と地球温暖化問題への実践的対応が世界共通の大きな課題となっている。地球環境を保全しながら経済発展に必要なエネルギー利用を確保するという、非常に困難な課題の同時達成が求められている。原油生産は既にピークを越したとするピークオイル論にみられるように、可採年数に限りのある天然資源に依存したエネルギー利用は、時期の前後はあれども、いずれ壁に突き当たることは避けられない。一方で、一人当たりのエネルギー需要が2030年よりも前に頭打ちとなる「需要のピークアウト」も第23回国際エネルギー会議(イスタンブール2016年)で新たに取り沙汰されるなど、エネルギーを取り巻く社会の不確実性は増大しつつある。
 また、天然資源に乏しく、エネルギー自給率がわずか6%(2012年度)に過ぎない日本は、資源輸出国側のナショナリズムの高まりと、エネルギーのグローバルガバナンスがOECD諸国から非OECD諸国に移行しつつあるという外部環境の変化に、自国の経済基盤がさらされているという脅威も変わりはない。
 一方、地球温暖化問題は1990年代に国連の気候変動枠組み条約に基づき世界規模での対策が講じ始められた。中でも1997年のCOP3(第3回国連気候変動枠組み条約締約国会議)でまとめられた京都議定書は2008年から2012年までの削減目標を明記した最初の取り組みであった。これを引き継ぎ2015年12月のCOP21でパリ協定が議決された。2016年11月のインドの批准によりパリ協定が発効されたことは記憶に新しいところである。

【2】CO2削減対策のボトルネック 「熱」の需要

 環境技術で先行する日本は、国内の温室効果ガスを抑制するとともに、加速化する世界の動きに対応し、環境技術で世界を先導していくことが期待されている。現在、日本のCO2排出量は約13億t-CO2であり、世界で5番目にCO2排出量の多い国であることも事実である。その半分近くを工場などの産業部門・工業プロセス、残り半分を住宅などの家庭部門、ビルなど業務部門、自動車・船舶などの運輸部門が等分で占めている。同様にCO2排出に繋がるエネルギー消費も燃料構成比が異なることからCO2排出の比率と多少異なるものの同様の傾向である(図1)。

図1
図1 左:日本における温室効果ガス別排出量(2014年度) 右:最終エネルギー消費の推移
出典:温室効果ガスインベントリオフィス 全国地球温暖化防止活動推進センター、
総合エネルギー統計、国民経済計算年報、EDMCエネルギー・経済統計要覧

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 消費量の多いエネルギーというとまず電力が思い当たるが、現実は運輸分野も含め日本で消費するエネルギーの75%については需要場所で化石燃料を直接消費している(図2)。このうち、民生分野のエネルギー消費構成を細分化すると、業務分野では約半分、家庭分野では約2/3を冷暖房・給湯など熱需要が占めている(図3)。


図2

図2 最終エネルギー消費に占める電気と熱需要の割合
出典:省エネルギー小委員会(第17回)


図3

図3 家庭部門のエネルギー消費内訳
出典:EDMC/エネルギー・経済統計要覧

 需要場所で加熱や冷暖房など熱エネルギーを得る方法は次の二つの手段に大別される。

1.
一次エネルギーとして化石燃料を直接燃焼するケース
2.
電気エネルギーや水素エネルギーなど別の形のエネルギー(二次エネルギー)に形態を変えて熱を得るケース

 前者の化石燃料を直接燃焼しているケースでCO2排出量を削減するには消費そのものを抑制することが主になるが、後者の二次エネルギーに変換するケースでは太陽光発電(PV)や水力発電のように非化石エネルギー源に代替することで化石燃料の消費を抑制できる。今後、一層の温暖化対策を図るためには、熱需要を二次エネルギーに転換するといった抜本的な対策が求められるであろう。

【3】水素エネルギーの国内情勢と現状

 環境・エネルギー政策において、水素エネルギーが活発に議論されている。2014年4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」において、水素社会実現に向けた取り組みの加速が明記され、それを受けて2016年3月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が改定された。このロードマップでは、水素エネルギーの課題解決策を技術開発と時間軸の視点から大きく3つにフェーズを分けて示している(図4)。

図4
図4 水素社会実現に向けた対応の方向性
出典:水素・燃料電池戦略ロードマップ:経済産業省 水素・燃料電池戦略協議会,2016年

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 短期的なフェーズ1では、定置型燃料電池や燃料電池自動車の普及など「需要」の喚起を謳う。例えば、定置型燃料電池の場合、発電スタック(発電する素子部分)は水素を燃料として稼働するが、家庭に水素を供給する技術が確立していないため、都市ガス・LPガスなどから水素を製造する化石燃料改質技術が用いられている。このように、化石燃料改質方式を中心に既存の水素製造技術を基礎としつつ需要を増やすことを目指している。
 中期的なフェーズ2では、喚起された水素の需要を満たすために供給力の確保を目指すとしている。大気中へのCO2排出削減の観点からはCO2を回収・貯留・利用技術(CCS・CCUS)との組み合わせが求められるため、これらの技術開発も必要となる。なお、豪州で褐炭(化石燃料)改質とCCSの組み合わせた水素製造構想が進められている。輸送途上で発熱の可能性があるため輸送困難な褐炭を、産出地で水素に変換し輸入するという新しいエネルギー供給構想である。これはフェーズ3へと連続的に繋がっていくものとしている(図5)。


図5

図5 褐炭改質とCCSのイメージ
出典: CO2フリー水素WG(第6回)資料に一部加筆

 これらのフェーズにおける水素は化石燃料からの改質が主流である。フェーズ1は天然ガス、フェーズ2は褐炭であり、利用段階においてCO2の排出を伴わないとしても、化石燃料由来の水素は製造段階でCO2の排出が伴うため、本質的にはCO2フリーのエネルギーとはならない。
 またフェーズ2は海外で化石燃料から製造した水素を輸入するため、原油・天然ガスなど賦存地域の偏りによる地勢的リスクは軽減するものの水素製造国との互恵関係に依存するものであり、国の安全保障上、課題を残す。
 一方で、このロードマップで長期的なフェーズ3に記載された再生可能エネルギー由来の水素とは、水の電気分解(水電解)によって製造された水素である。水電解で水素を製造する技術を「Power to GAs(以下:P2G)」と呼ぶ。例えば、太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来の電力を用いれば、製造から利用までトータルでCO2フリーのエネルギーになる。加えて、水素を輸入する必要もなくなるため、エネルギー安全保障にも寄与し、環境・エネルギー政策の有効な手段ともなりえるだろう。これらは今後の水素エネルギーの普及に向けた取り組みであるが、既に産業分野では水素が活用されている。
 工場で製品を製造する際に付随して発生する副生ガスである。例えば、繊維の材料となる苛性ソーダの電解工程、コークスでの鉄鉱石を還元する工程、製油所での精錬工程などから水素を含む副生ガス(副生水素)が発生する。
 ただし、製造工程ごとに発生する副生ガスの成分が異なることから、水素の含有率も異なっている。例えば、製鉄所で発生する副生ガスには60%程度しか水素が含有されておらず、高純度の水素を必要とする燃料電池の燃料としてはそのままでは用いることはできない。販売できる副生水素は苛性ソーダの電解など高品質なものに限定される。その他の副生水素を販売するとなると品質を向上させるための設備投資行う必要がある。しかしながら、高品質な水素の需要が見通せない場合、そこまで投資するインセンティブは働かないのが実情だろう。
 一方、低品質の副生水素であってもボイラや自家用発電設備等の燃焼需要であれば十分に稼働させることができることから、副生水素はもっぱら当該工場内で燃料として自家消費されているのである。このボイラ等の熱需要で水素活用の活路が見いだされると、低品質な副生水素も市場に流通する可能性が広がり、ロードマップで謳う需要の喚起を促すものと考えられる。

次回:「海外で進む電力の補完技術」へ続く

本レポートは、筆者の個人的見解であり、所属組織の意見を代表するものではありません。