石油会社はなぜ嫌われる

ロックフェラー財団のエクソン・モービル株売却の背景


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年5月号からの転載)

 ロックフェラーと言えば、毎年12月にニュースで取り上げられるクリスマスツリー点灯式を思い出す人もいるかもしれない。世界一有名なクリスマスツリーがあるのは、米ニューヨークの中心5番街から6番街にかけて広がるロックフェラーセンターと呼ばれる複合ビル群だ。
 バブル期に日本企業がセンターを買収した際には“米国の魂”を買ったとも言われたが、バブル崩壊で日本企業は大半のビルの所有権を手放すことになった。ロックフェラーセンターの名称は、建設主ジョン・ロックフェラー・ジュニアに由来する。彼は、石油で財を成したジョン・D・ロックフェラーの子供だ。
 初代ロックフェラーは1870 年、石油の生産から精製、輸送、販売まで行うスタンダードオイル社を設立する。その後、トラスト(信託)形式を利用し、ロックフェラーは全米の石油に関するビジネスを独占することに成功するが、独占による弊害をなくすため米国議会は1890年にシャーマン反トラスト法(独占禁止法)を成立させる。ロックフェラーは法の網を巧みに逃れたものの、1911年に米司法省は反トラスト法違反としてスタンダードオイル社を訴え、同社は34社に分割された。

ロックフェラーセンター=米ニューヨーク(2016年2 月、筆者撮影)

ロックフェラーセンター=米ニューヨーク(2016年2月、筆者撮影)

 34 社の1つ、スタンダードオイル・オブ・ニューヨーク社はモービル石油に、スタンダードオイル・オブ・ニュージャージ社はエクソンに、スタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア社はシェブロンに社名が変わるが、依然として旧スタンダードオイル社は世界の石油産業において重要な役割を果たしている。エクソンとモービルはその後合併し、市場価値では世界最大のエクソン・モービルになった。
 一族が設立したロックフェラー財団は3月下旬、保有するエクソン・モービル株をすべて売却すると発表したが、売却理由がエクソン・モービルの気候変動問題への取り組み姿勢にあるとされたことから、注目を集めた。

ロックフェラー 一族と気候変動問題

 一族のなかでもジョン・ロックフェラーⅣ世は1985 年から最近まで、ウェストバージニア州選出の民主党上院議員を務めていた。ウェストバージニア州は白人比率が94%で、全米50州のなかで上から4番目だが、中間所得の平均は下から2番目という貧しい州だ。州最大の産業は州政府を除けば、坑内掘りを中心にした石炭生産である。
 ロックフェラーⅣ世は石炭産業と炭鉱労働者支援のため活動していた。例えば、1990年に審議された、石炭火力発電所からの硫黄酸化物と窒素酸化物の規制を強化する大気浄化法の改正には、環境問題重視の民主党議員ながら、石炭産業に負の影響があるとして当然反対票を投じた。 
 一族が1967年に設立したロックフェラー財団が保有するエクソン・モービル株をすべて売却し、石炭とカナダのオイルサンドに関する投資も処分する予定と3月23日に発表したが、これはロックフェラーⅣ世に代表される一族の思いとは異なるのではないだろうか。
 同財団は株売却の理由について、「同社が気候変動問題に関して取ってきた行動は道義的に非難されるべき。同社は1980年代から気候変動問題に関し国民を混乱させる行動を取り、同時に自社の設備増強のため資金を投じ、北極海の氷山の後退にあわせ探査活動を進めた。世界が脱化石燃料を進めようとしている時に、化石燃料の企業に投資していることは財務的にも倫理的にも意味はない」と発表している。財団資産1億3000万ドル(約150億円)のうち、化石燃料関係企業への投資は6%を占めている。
 エクソン・モービルは次のようなコメントを出した。「財団は、当社が気候変動問題に関し行ってきた行動について不正確かつ間違った情報を送り出してきたコロンビア大学ジャーナリズム学部などを、財政的に支援していた。今回の財団の行動は驚くべきことではない」
 気候変動問題に関する同社の行動に関し、旧エクソンの株主は、1990 年の株主総会から株主提案を続けている。提案では、同社が温室効果ガスの排出規制に反対するロビイストなどにいくらの資金提供を行っているのか明らかにするとともに、同社が世界の平均気温上昇を2℃未満に抑制するための取り組みを進めるように求めている。
 同社の気候変動問題への取り組みについては、本社があるニューヨーク州司法長官が昨年11月に調査を開始している。また、証券取引委員会(SEC)が株主提案を取り上げるよう同社に指示する事態にもなっている。

SECも大統領候補も関心を示す事態に

 5月25日に開催予定のエクソン・モービルの株主総会では、気候変動問題に関し7提案が行われる。主要な提案は以下の通りだ。

世界の平均気温上昇を2℃未満に抑制する政策を採用する
石油・ガスの環境問題に詳しい気候変動の専門家を取締役に加える
化石燃料の消費減少が会社のビジネスに与える影響を分析する

 組合員85万人を抱える米国鉄鋼労組も、同社が行っているロビイング活動の内容と費用を明らかにするよう求める株主提案を提出している。鉄鋼労組の年金資産の一部は同社の株式に投資されているためだ。取締役に環境問題の専門家を加えるとの提案、温室効果ガス排出抑制の提案への昨年の賛成はそれぞれ21%と9.6%だった。 
 また、大統領候補も同社の気候変動問題に関する行動を取り上げている。民主党のバーニー・サンダース上院議員は昨年10月、司法長官に書状を送った。「エクソン・モービルは社内の科学者が化石燃料による温暖化を報告した後に、研究結果を隠蔽し、温暖化に関し懐疑的なキャンペーンを行った。この過去の行為は大きな懸念を引き起こすものであり、調査されるべき」。詐欺的行為があり、連邦法に反しているとの意見だ。
 その後、司法省による調査の是非を問われたヒラリー・クリントン前国務長官(民主党)も次のように答えている。「エクソン・モービルが国民に事実と異なる説明をした証拠は多くある。調査すべきだ」
 ロックフェラー財団によるエクソン・モービル株売却、あるいは鉄鋼労組による株主提案が出ている背景には、同社の株価が原油価格の下落を反映し、値下がりしている状況を無視することはできない。図は原油価格の値下りが始まってからの同社株価の推移を示している。

図 エクソン・モービルの株価推移 出所:エクソン・モービルホームページ

図 エクソン・モービルの株価推移
出所:エクソン・モービルホームページ

 米国のエネルギー問題の専門家の多くは、油価下落の背景には石油需要の低迷とシェールオイルの生産増があり、原油価格が1バレル=100ドルに戻ることはもうないとしている。石油会社の将来は明るくないとの意見だ。気候変動問題がこれから米国でも注目されるようになるとすれば、石油会社はさらに打撃を受ける。株式を保有している投資家としては、石油会社の株式を中長期的に保有するメリットはないだろう。ロックフェラー財団といえども資産運用を当然考慮した上での意思決定を行ったと考えたほうがよい。