反原発の金融機関は中小企業の健全な発展を願っているのか


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 組合員の出資により成り立ち、地域の金融機関と言われる信用金庫は、そのビジョンの一つに「中小企業の健全な発展」を謳っている。信用金庫では融資の対象が原則組合員に限定されるが、事業者の組合員の資格は、従業員300名以下、または資本金9億円以下であり、中小企業が取引先になることから、当然のビジョンだ。

 いま、中小企業にとって重要なことは、エネルギー、電力問題だろう。東日本大震災以降、産業・業務用の電気料金は11年度から13年度までの3年間で全国平均約30%上昇した。原子力発電所の運転再開が遅れていることから、さらに料金は上昇している。製造業の負担する電気料金だけでも、約1兆円上昇し利益額に大きな影響を与えている。日本商工会議所のアンケート調査でも電気料金上昇が中小企業の経営に大きな影響を与えていることが分かる。会員の多くは原発の再稼働による料金の引き下げを期待しているだろう。

 しかし、信用金庫のなかには、事故の可能性があることから、原発に強く反対している企業がある。このブログでも吉原理事長の著書を取り上げた城南信用金庫だ。吉原理事長の著書では、エネルギー・温暖化問題に関する基礎知識と経済学に関し多くの誤解があることを指摘したが、城南信用金庫は相変わらず反原発を主張している。ホームページの社会貢献欄に「原発に頼らない安心できる社会へ」があるほどだ。

 城南信金は城南総合研究所を震災後に設立した。昨年7月には小泉元首相を名誉所長に招聘し、その講演内容などをホームページに掲載しているが、理事長の著書と同様の誤解をそのまま掲載している。調査報告書NO.17には今年3月の講演が掲載されているが、そのなかに幾つか誤解がある。

 例えば、米国のスリーマイルアイランド(TMI)とチェルノブイリ事故を「未だに人が住めないほどの2つの大きな事故」としているが、TMI周辺には人が住み、事故のなかった1号機は普通に操業されている。さらに、原発のコストは安くないとして、「福島第1で使用されている防護服は使いまわしができないので、毎日新しいものが必要」との例をあげている。原発1基が稼働すれば、節約できる燃料代の額は、一月当たり数十億円だ。メリットとコストの金額の桁が大きく違っている。

 「貿易赤字が国家の損失になるというのも全くの嘘である」とし「食料を輸入しすぎて貿易赤字になったとして国家の損失と言えるのか」と主張しているが、必需品の食料は買うしかないが、原発が稼働すれば買わなくてよい燃料代は損失以外のなにものでもない。本来不要なものを買うのは無駄、損失だ。

 企業が独自の主張するのは良い。しかし、自社のビジョンと矛盾していないかをよく考えたほうがよい。中小企業の健全な発展を支援する企業が中小企業を苦しめる施策を推すのは間違いだ。多くの中小企業が賛同できない施策を推すことに経営者の心は痛まないのだろうか。なんのために企業は存在するのか、事業を通しビジョンを実現することが重要だ。ビジョンと矛盾する反原発を信条とするのであれば、経営する企業ではなく、個人的に反原発の団体を支援すべきだろう。多くの中小企業を苦しめる施策を企業として推すべきではない。

 それにしても、「原発に頼らない社会が安心できる」と何故考えているのだろうか。社会には多くのリスクがあるが、リスクをできるだけ避けることは可能だ。例えば、車、電車、飛行機全てリスクがある。利用しなければリスクを避けることはできる。しかし、そんな人は殆どいない。なぜ福島の事故以降も、世界の多くの国で原発の新設が行われているのか。それは、原発のないリスクによる化石燃料の使用増による調達、代金支払い、温暖化などのリスクがより大きいと考えられるからだ。原発がなければ事故のリスクはないが、社会が抱えるより大きなリスクは安心できる社会を壊す可能性がある。