「経済成長」が嫌いな報道ステーションの不思議


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 1日24時間の時間のなかでコマーシャルを売りビジネスをしているテレビ業界は、時間を増やすことが不可能なために、新たな市場を開拓することができない。結局、時間当たりの収益を伸ばし成長を図るしかないが、宣伝の多くを携帯ゲーム関連企業という一つの業界が占める現状には、業界関係者は不安を覚えるだろう。景気が良くなり、多くの業界の宣伝費が増えることをテレビ業界は望んでいる筈だ。
 経済成長を最も必要とする業界の一つがテレビだが、テレビ番組によっては経済成長を望んでいないゲストが多く登場することがある。例えば、報道ステーションに時々出演する浜矩子、藻谷浩介(敬称略)は、著書を読む限り経済成長には否定的だ。番組の姿勢も同じなのだろう。
 日本の一人当たり国内総生産(GDP)は、20年前、1994年にはOECD諸国のなかでルクセンブルクについで2位だったが、12年の日本の一人当たりGDPは、世界銀行のデータでは46,500ドルだ。殆ど成長していない。20年前には日本のほぼ半分の20,000ドルだったシンガポールとオーストラリアの12年の一人当たりGDPは、それぞれ54,000ドル、67,400ドルと日本を超えている。ルクセンブルクは10万ドルを超え日本の2倍以上になった。米国、スイスを加えた一人当たりGDPは図の通りだ。この20年間日本経済は殆ど成長しなかったが、他の多くの国は順調に成長している。
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 その日本では、これ以上成長は不要で、「やくざ」で「マッチョな」マネー資本主義から「かたぎ」で「しなやかな」里山資本主義を目指すべきというのが藻谷の主張だ。Wedge Infinityの連載で取り上げたのでお読みいただければと思う。浜も同様にもう成長は不要で、「老楽」を目指すとの立場だ。
 浜は大学の教員だが、学生の就職には係っていないのだろう。学生の就職は景気動向に大きく左右される。景気が悪くなると氷河期になるし、景気が良くなると売り手市場になる。いまは、景気が良くなりつつあり、学生の就職環境は良くなっている。学生の就職を考えると景気が良くないと困るというのが、大学教員の率直な気持ちだ。教員、学生に限らず、景気が良くないと困る人は日本に数多くいる。
 日本人の平均給与は、1997年をピークに減少を続けている。この間物価も下がったが、平均給与は実質的に10%下がっている。多くの人の生活は苦しくなった。給与が下がり始めた98年に、日本の自殺者はいきなり8500人増え、初めて3万人を超えた。
 自殺の理由は様々だが、経済問題も大きな理由の一つだ。それまで右肩上がりであった給与が下がることにより、多くの人が幸福感を失ったと想像しても間違いではないだろう。その状況は最近まで続き、年間3万人を超える自殺者は14年間続いた。
 経済成長が実現できなければ、多くの人の給与も上がらない。一人当たりの付加価値額、つまりGDPから給与が支払われるからだ。パイが増えなければ給与も増えない。これから人口が減るから、一人当たりのGDPは自然に増えるというのでは解決策にはならない。この20年間、日本だけが成長に取り残され、かなりの人が幸福感を失っている。幸福感を取り戻すためには、多くの人が収入の増加を実感できる社会を目指すべきだ。
 成長を目指す経済を「やくざ」とか「マッチョ」という言葉で呼ぶべきではない。多くの経済活動は、様々な側面から環境問題、エネルギー問題にも配慮している。一方、自然エネルギー、脱原発という耳触りの良い言葉をエネルギーの修飾語にすればよいというのは、多くの幸福感を得られない人たちを裏切ることにもなっている。安定的で安価な電気が供給されなければ、経済成長は難しいからだ。経済成長をリードする必要のある製造業の支払っている電気料金は約4兆円だが、法人企業統計によると純利益額は6兆7000億円しかない。電気料金の再度の上昇があれば、製造業は海外移転か、再度のコスト引き下げ策を考えざるを得なくなるだろう。
 報道ステーションは、「経済成長は不要」、「脱原発」の主張により自分の首を絞めていることに気がついていないのだろうか。製造業が衰退すれば、物流、サービス業にも影響が及び、やがて携帯ゲームにお金を使う人もいなくなるかもしれない。そうなれば、テレビ局はどうやって生きていくのだろうか。