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私的京都議定書始末記(その25)

-中期目標の策定-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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中期目標検討委員会

 2009年前半の国内における温暖化議論の中心は中期目標の策定であった。COP14(ポズナン)のAWG/KP結論文書の中で、「2009年のCOP15(京都議定書締約国会合としてはCMP5)において作業を終了すべく、未だ中期目標を提示していない附属書Ⅰ国に対して2009年3-4月に開催予定の第7回会合までに目標提出を慫慂する」との文章が盛り込まれたことは前に記した通りである。
 COP15において新たな枠組みができるとの期待値が高まっていた時期でもあり、京都第2約束期間のためというよりも、新たな枠組みのために中期目標を年の半ば頃には策定する必要があった。既に2008年11月に総理を座長とする地球温暖化問題に関する懇談会の下に福井俊彦前日銀総裁を委員長とする「中期目標検討委員会」が設置されていたが、ポズナンの結果を受け、検討スピードに拍車がかかった形である。

 日本の中期目標をどのような方法でどのレベルに設定するかという問題は、そのまま京都議定書の苦い教訓をどう活かすかということと同義であった。京都議定書では日本が90年比6%減、米国が7%減、EUが8%減と段差がついていたものの、もともと先進国一律削減という議論をベースに、申し訳程度の色をつけたものであった。実際には、EUは90年基準年、英国におけるdash for gas, 東西ドイツ統合という棚ぼた利益を背景に何の努力もせずに8%減を達成できる。大量エネルギー消費社会の米国はエネルギー効率が未だに低く、石炭火力のシェアも高いため、潤沢な削減余地がある。他方、日本はそれまでの省エネ努力を考えれば90年比横ばい程度が精一杯のところ、森林吸収源や京都メカニズムを上乗せしてようやく6%減を積み上げたものであった。削減努力の公平性という点で見れば日本にとって非常に不利なものであることは明らかだった。

 次期枠組みにおいては、二度とこの轍を踏まないことが鉄則であった。このためには中期目標の検討に当たって、モデルによる精緻な削減ポテンシャルの積み上げや削減コストの分析、経済成長、エネルギー安全保障、環境保全の両立、他国の目標値との公平性、長期的に求められる排出削減経路との整合性等を多面的に考慮することとなった。モデルについても地球環境技術機構(RITE)、国立環境研究所、日本エネルギー経済研究所、日本経済研究センター等のものを使って比較検討された。実際に検討を開始してみると、技術的にも政策的にも非常に難しい問題が絡んでいることが明らかとなった。

限界削減費用曲線の傾き

 たとえば、ある削減目標のコストを評価するためには、削減幅の拡大に伴う限界削減費用曲線を描くことが必要になるが、モデルによって限界削減費用の傾きが異なる。国立環境研究所のモデルの場合、削減幅の拡大に伴う限界削減費用の勾配が緩やかであるのに対し、RITEのモデルではその傾きがより急になる。言うまでもなく、傾きが緩やかな方が同じコストで、より野心的な削減幅が可能になる。このような差が出る大きな要因の一つが、省エネ等、温室効果ガス削減に貢献するエネルギー関連投資の回収年数の想定である。社会がエネルギー費用のみの最適化を考えて行動すれば、市場利子率と設備耐用年数から比較的長い投資回収年数が導き出される。そうなれば自然体で省エネ投資がどしどし進むことなり、限界削減費用もそれだけ低くなる。他方、現実経済の投資回収年数はもっと短い。エネルギー関連投資は社会、企業のいろいろな制約の中で他の投資案件と比較考量され、意思決定されていくものであるからだ。実際、当時の省エネ投資は3年くらいでコストが回収できないと実現可能性が低かった。モデル分析にあたって理論と現実のどちらに軸足を置くかでコスト面の見通しも大きく異なってくる。

国際公平性の定義

 今回の検討において重要なポイントは他国の削減努力との公平性を確保することだ。しかし一口に「公平性」といってもどの指標で測るかによって結論も異なってくる。京都議定書の際の「90年比で各国一律の削減率とすることが公平である」というような原始的な議論はさすがに退潮していた。一つの有力な考え方は、他国が既に発表した目標値のコストを分析し、それと同等のコストの目標を設定するというものである。既にEUは「無条件で2020年までに90年比20%削減、他の主要国が同等の行動をとるのであれば30%まで引き上げる用意あり」との二段階目標を設定していた。また米国議会で審議されていたワックスマン・マーキー法案は2020年までに2005年比17%減という目標値を含んでいた。もう一つの考え方は先進国全体で90年比25%削減というレベルを先に設定し、その下で一定のクライテリアに基づき、先進国間で負担の公平性を図るというものだ。この場合も限界削減費用一定、GDP当たり削減費用一定というクライテリアの置き方によっても数値が異なってくる。限界削減費用一定で負担を分担すると、日本の限界削減費用の高さを背景に、EUや米国に比して日本の削減幅は小さめに出る。他方、日本のGDPは世界第三位と大きいため、GDPあたりの費用均等化で負担を分担するとEUや米国と日本の削減幅の差が縮まる。

基準年の置き方

 京都議定書交渉の際、日本は、90年比というEUに一方的な有利な基準年によって煮え湯を飲まされてきた。このため、今次中期目標の設定において90年基準年を使うことは我々交渉官の立場からすれば論外であった。EUは引き続き90年比に固執していたが、米国では2005年比で目標が語られていたし、豪州は2000年を基準年としていた。他方、京都議定書に続く国際的な枠組みである以上、京都議定書目標との比較可能性が重要という議論もあった。このため、中期目標検討委員会ではオプションを提示するに当たって、2005年比と90年比の両方の数値が示されることとなった。



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