ホルムズ危機が脱石油政策を終わらせる

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邦訳 キヤノングローバル戦略研究所 杉山大志
本稿は、マーク・P・ミルズ著 Energy Lessons of the Strait of Hormuz Standoff: The conflict could spell the doom of “quit oil” policies once and for all, City Journal, Mar 26 2026 https://www.city-journal.org/article/strait-of-hormuz-iran-oil
を許可を得て邦訳したものである。

歴史上、17世紀のホルムズ海戦は、当時の主要勢力であったポルトガルと英蘭同盟との間で繰り広げられた、同時代最大級の海戦の一つとして記録されている。今日のホルムズ海峡での戦いは、今やすべての識者が認識している通り、世界のエネルギー流通の要衝である。イランとの戦争と海峡封鎖により、予想通り世界の石油供給の20%近くが途絶え、これは史上最大の石油供給中断となった。

比較のために言えば、別の中東戦争をきっかけとした1973~74年のアラブ石油禁輸措置では、5ヶ月間にわたり世界の石油供給の10%近くが市場から消失した。その供給途絶の期間と規模が相まって、最終的には石油価格が3倍に高騰し、世界的な景気後退を招き、やがては誤ったエネルギー政策の連発につながった。ホルムズ海峡が十分に長く封鎖され続ければ、同様の結果が生じるだろう。

この戦いが示す最初のエネルギーに関する教訓は明白である。石油は現代文明にとって依然として不可欠だ。単に石油が世界最大のエネルギー源であり、最も取引量の多い商品であるというだけではない。コーヒーラテから大規模言語モデルに至るまで、あらゆるもののサプライチェーンにおいて石油は不可欠である。石油を代替するために設計された機械を製造する上でも、石油は極めて重要だ。

したがって、石油価格が高騰すれば、それは広範なインフレを招く。石油がなければ、あらゆるシステムの動きは完全に停止してしまう。

しかし、いわゆるエネルギートランジションの支持者たちは、異なる教訓を提示している。トランジション論者にとって、ホルムズ海峡をめぐる争いは、マイクロソフトのエネルギー部門グローバル責任者が最近述べたように、再生可能エネルギーの必要性を「浮き彫りにする」ものである。すでに、「脱石油」政策を加速または再活性化せよという声が高まっている。代替燃料への資金提供、燃費効率化や節減の強制、さらには石油の配給制や価格統制の実施さえも求めているのだ。

現在のホルムズ海峡の対立が、いつ、どのように解決するかについては多くの不確実性がある。しかし、エネルギー市場への最終的な影響という点において、事実と歴史は、トランジション論者たちの「脱石油」という万能薬とは異なる教訓を示している。

過去25年以上にわたりエネルギートランジションの追求に費やされた10兆ドル超の資金がもたらした、2つの重要な結果を考えてみよう。第一に、世界の一人当たり石油消費量は変わっていない。正確に言えば、今日では人口がはるかに増え、経済規模もはるかに大きくなっているにもかかわらず、統計的に無視できる程度の2%の減少にとどまっている。そして、第二に、世界の石油総消費量は30%増加している。具体的に言うと、この増加分は欧州連合(EU)の石油総消費量の2倍にも相当する。

「石油からの脱却」を掲げる戦略はどれも成功しなかった。少なくとも、いかなる価格であっても石油需要を意味ある水準まで削減するということには失敗した。経済が許容できるコスト内での脱却などまったく論外であった。とどのつまり、壮大かつ高コストなエネルギートランジションの実験が始まった当時と比べても、世界は今や石油への依存を高めているのだ。

その実験の頂点において、巨額の補助金と自動車産業に千億ドルもの損失をもたらしたEV(電気自動車)への熱狂は、世界の自動車保有台数に占める全電気自動車の割合をわずか3%に留める結果に終わった。たとえいつの日か、地球上の全自動車の半数がバッテリー駆動のみに転換したとしても、単純な計算で、世界の石油消費量は10%程度しか減らないことが分かる。

将来、再び原油価格が急騰するという不可避の事態から、経済のリスクを軽減するための代替策とは何か。答えは明白だ。経済的なリスクヘッジは、より広範な地域に分散させた原油生産の拡大によって実現される。そして同時に、戦略的石油備蓄量の拡大によっても実現されるが、それにはさらなる生産増が必要となる。

この両方の戦略には、欧州や米国の政策立案者、そして国際エネルギー機関(IEA)が20年以上にわたり固執してきた「石油からの脱却」という考え方を覆す哲学が込められている。世界の経済にとって幸いなことに、流れはすでに変わりつつある。

例えば、アルゼンチンの高品質なシェール油田の開発が進んでいる。同様に南米沖(特にガイアナ)や、今やベネズエラでも同様の動きが見られる。そして数多くのアフリカ諸国による沖合生産がある。カナダでさえ、事実上無尽蔵のオイルサンドからの生産と輸出を拡大しようと意欲的だ。

また、中東からの輸送ルートをホルムズ海峡から遠ざけ、急速に多様化させる機会もある。その方法は?海峡を迂回するパイプラインをさらに建設することだ。

本稿執筆時点で、1日あたり最大500万バレルの原油が、サウジアラビアの全長750マイルに及ぶペトロライン・パイプラインへと迂回される見込みである。このパイプラインは、ペルシャ湾岸の港から紅海沿岸の港へと、陸路で原油を輸送する。アラブ首長国連邦(UAE)もまた、海峡を迂回して1日あたり200万バレル近くを輸送可能な全長250マイルのパイプラインを保有している。これらを合わせれば、足止めされている原油のほぼ半分を賄えるが、それ以上の量が必要である。それも早急にだ。

長距離パイプラインがいかに迅速に建設できるかについては、歴史が例を示している。1942年、米国が第二次世界大戦に参戦した直後、米国の技術者たちはテキサス州からニュージャージー州へと至る「ビッグ・インチ」パイプラインを、1日あたり10マイル近いペースで建設した。そのペースであれば――特に米国EPA(環境保護庁)の規制が及ばない中東地域であれば、現代の技術者も同等の速度で建設できると想像できる――ホルムズ海峡を完全に迂回する750マイルのパイプライン1本を、あるいは2本でも、わずか数ヶ月で建設できるだろう。新たな中東パイプラインの建設がすでに計画されているか、あるいはすでに着手されていることを願うばかりだ。

予期せぬ資源供給の途絶に対するもう一つの実績ある保険である備蓄は、技術的な問題というよりは予算上の問題である。昨年、中国は国内の石油戦略備蓄を10億バレルに拡大する計画を発表した。これは同国の輸入量の約3ヶ月分に相当する。米国の戦略備蓄は10年前に7億バレルでピークに達し、バイデン政権がウクライナ戦争とインフレを招く「インフレ抑制法」の相乗効果によって引き起こされた原油価格高騰を抑制するためにその約半分を売却するまで、その水準で推移していた。

現在の石油危機を受け、国際エネルギー機関(IEA)とその加盟国(米国を含む)は、前例のない4億バレルの備蓄放出を発表した。これだけではホルムズ海峡の混雑による供給不足を数週間しか補えないが、前述のバイパスパイプラインが完成すれば、その緩衝期間は数ヶ月に延びるだろう。間違いなく、多くの政治指導者や企業は、より長期的な余裕を望んでいるはずだ。

多くの政策立案者が、エネルギートランジションよりもエネルギー安全保障を優先し直す可能性は今や高い。この変化は「手頃な(アフォーダブルな)価格」の重要性が再浮上している時期と重なっている。政治的な勢いと、技術的な現実、そして市場原理が相まって、「石油からの脱却」政策への過熱した熱意は、ついに冷め切ることになるかもしれない。