わが国の電力政策の10年を問う
シンポジウム「次世代電力システムへの道と原子力 基盤再構築に向けて」より


国際環境経済研究所理事・主席研究員/東北大学特任教授

印刷用ページ

(「産業環境管理協会「環境管理」2026年3月号 vol.62 No.3」より転載)

【要旨】

わが国の電力政策は、2011年3月11日の東日本大震災と福島原子力発電所事故を契機に、大きく転換した。安定供給の確保と、電力コストの最大限の抑制、そして消費者に対する多様な選択肢の提供を目的として、電力システム改革が急速に進められたが、課題が山積していることはこれまでも繰り返し本誌で指摘してきた通りだ。

その原因の多くは、わが国の電力システムの変革を考える上で、すべき議論をしなかったことにあると筆者は考えている。当時「いま何を議論すべきなのか」を提言していた国際環境経済研究所前所長の澤昭裕氏の没後10年を機に、表題のシンポジウムが公益事業学会、日本原子力学会、電気学会の3学会共催にて開催された。氏の提言を振り返ることで、わが国の電力システムを考える上で必要とされることを考えたい。

なぜ3学会共催が必要だったのか

本シンポジウムは、公益事業学会、日本原子力学会、電気学会の3学会の共催による。電力システムは複数の学会が横断的に議論する必要がある。各国の電力自由化の経験を見ても、原子力発電事業をシステムの中でどう位置付けるかは極めて難題であるが、わが国の場合さらに、福島原子力発電所事故を経て、原子力損害賠償制度や安全規制、地域の理解・納得を得る仕組みなど事業環境に関わる様々な設計において、大きな改善を必要としている。電力システム改革とこれらの課題とを統合的に議論しなければ、わが国における実際的な電力システム改革の議論とはなり得ない。福島原子力発電所事故直後から、電力システムの将来設計と原子力発電事業環境整備を統合的に検討・提言していたことは、澤氏の数多くの業績の中でも特筆すべきことだろう。

そのため本シンポジウムにおいては、資源エネルギー庁村瀬長官から次世代の電力システム構築に向けての中間整理をご紹介いただくとともに、各学会の元会長であり、これまでの電力システム改革の議論に深くかかわってこられた3名の方(山内弘隆先生:前公益事業学会会長、一橋大学名誉教授、山口彰先生:元日本原子力学会会長、東京大学名誉教授、勝野哲氏:元電気学会会長・中部電力会長)に講演をいただいた。プレゼン資料は公益事業学会のウェブサイトに掲載されているので、ご関心がある方にはご覧いただきたい。

我々は当時何を議論すべきだったのか

筆者はシンポジウム冒頭、澤昭裕氏の業績紹介を兼ねて、わが国の電力システムの再構築を考える上で議論すべき論点について整理し、問題提起する機会を頂いた。しかしこれまでも本誌で繰り返し指摘するように(例えば、2024年4月号掲載「わが国の電力システム改革はなぜ行き詰っているのか どう改善していくべきなのか ― 電力・ガス基本政策小委員会でのヒアリングを踏まえて ―」)、筆者は、わが国の電力システムにおいて今生じている課題の多くは、事前に想定できたはずであり、むしろ想定外のことは何も起きていないと感じている。

脱炭素政策の急速な進展など、いくつか見通すことが難しかった要素もある。パリ協定の下で、2050年カーボンニュートラル目標が掲げられ、第6次エネルギー基本計画策定時は2030年に13年比46%減を前提として、長期エネルギー需給見通しが描かれるなど、気候変動目標の位置づけと野心度が、電力システム改革開始当初とは大きく変わったことは確かだ。

しかし、電力システム改革のこの行き詰まりを、状況変化に起因するとしてしまうことには違和感があるし、修正に向けた本質的な議論にならないことを懸念する。澤氏の業績を振り返り、我々がすべき議論に今度こそ向き合う契機としたいと思い、筆者の講演資料は、澤氏が当時使用されていたプレゼン資料から抜粋して作成した。以降でその内容を紹介したい。

エネルギー政策における“優先順位”

エネルギー政策はS+3Eのバランスだと言われるが、時代が求める優先順位がある。ウクライナ危機以前は、世界的に、気候変動対策が最上位概念であるかのような議論が多く聞かれたが、澤氏は「3Eではなく、2E+E」、「エネルギー政策は国家戦略」と看破し、優先順位付けの必要性を提起されていた。

福島原子力事故前は、3E達成には原子力が重要だとして、当時の民主党政権下では、10年で9基、20年で14基新設するというのが政府の方針であったが、事故後においては、原子力依存度が低減することを前提とせざるを得ない。それを出発点とした場合、安定供給・経済性を重視するのか、CO2削減を重視するのかによって、採るべき政策が異なることを示したのが図1だ。政治や行政は「3Eの同時達成を目指す」と表現するが、「あれもこれも」は国民には分かりづらいし、説明として不誠実だ。出発点として優先順位を考える必要性がこのスライドでは端的に指摘されている。

図1 エネルギー政策におけるトレードオフ

そのうえで、当面10年間は、原子力と再エネをそれぞれの弱点を極小化しながら活用する必要性を指摘されている。原発再稼働のスピードアップに向けて必要となる、安全規制の最適化や原子力損害賠償制度と事業環境整備、地元合意プロセスのあり方、福島復興に向けた道筋など、あらゆる論点について具体的な提案をされたことは、電力システムに関心を持つ読者各位であればご承知であろう。国際環境経済研究所には、今も多くの政策提言が掲載されているので、ぜひ繰り返し読んでいただきたい。

再生可能エネルギーの普及拡大については、FIT賦課金を抑制し、市場統合を急ぐべきとも指摘されていた。2025年度の賦課金が3.03兆円となり、環境と調和しないメガソーラーなどへの反発は、再生可能エネルギーの普及拡大を脅かすまでになっている。そうした事態にならないようにと、当時から警鐘を鳴らしていたのである。

中長期的には、アジア諸国との協力関係、資源開発や人材育成などの重要性が論じられていた。わが国のGX政策の肝は、当時既に指摘されていたのだと感じる。

気候変動目標の考え方

『精神論ぬきの電力入門』や『エコ亡国論』など、澤氏の著書のタイトルを見れば、エネルギー政策を現実的に考える重要性を繰り返し訴えていたことがわかる。一部の国にのみCO2削減の法的義務を課す京都議定書は、破綻することが自明であったことを看破し、パリ協定以前から、各国が自主的な目標を掲げ、他国とのピア・レビューによってその野心度を高めつつ、技術の進展やコスト低減を踏まえて柔軟にPDCAを回すことが重要であると主張していた。

パリ協定はプレッジ&レビュー型の構造となったが、その後、主に欧州や金融がリードする形で、目標の引き上げ、野心度向上の圧力が高まる形となった。しかし、非現実的に野心的な目標によって、参加国に退出のインセンティブを与えてしまうことにならないよう、慎重な対応が必要だ。米国トランプ政権は、パリ協定及び気候変動枠組み条約からの脱退を表明したが、現状、各国がそれに続く事態にはなっていない。しかし野心度向上に向けた圧力をいたずらに高めれば、離脱する国が出てきても不思議はない。

対策コストを無視した政策を戒め、各国の国民、産業界の支持を長期にわたって得られるような持続可能な政策を採るべきであること、温暖化問題を「スローガン」で語る段階は終わり「プラグマティズム」こそ、今後の国内外の温暖化対策のキーワードたるべきとの澤氏の指摘は、気候変動問題国際交渉に対するわが国の向き合い方を考える際の視座として、現在でも極めて意義深いと言えよう。

電力システム改革と原子力発電事業

わが国の電気事業は民営化されている。民間企業が資金調達して投資し続けられる環境が整備されなければ、事業の持続性が損なわれる。ファイナンスを切り口として、各発電事業を整理したのが図表2だ。

図2 自由化による発電事業のファイナンス問題

再生可能エネルギーは、FIT等の政策的支援が施され、ファイナンスがほぼ確保されるものの、それ以外の電源については、原子力も含めてファイナンスが不確実になることを示し、これで果たして電力安定供給に必要な設備の冗長性を確保することができるのかという問題提起である。

先日IEAが、各国の電力自由化を検証するレポートを公表されたことは、本年1月号の本誌への投稿「変革期の電力システムを支える市場設計の再構築― IEA「Electricity Market Design」レポートの日本への示唆―」でご紹介した通りだ。短期市場は機能しているものの、供給力確保に向けた中長期市場、あるいはその補完的措置がうまく機能している事例はほとんどないことが指摘されている。特に気候変動対策やDXによる脱炭素電源に対する需要の増大に、対応できていない。

筆者自身は、「市場支配力を極力払拭したkWh市場における価格シグナルが、短期の電源運用も長期の電源投資も最適化する」という期待に基づくモデルは古い競争モデルであり、特に資本集約的な大規模投資を必要とする脱炭素化政策と電気の安定供給を両立させるには限界があると考えている(本誌2023年7月号「電力自由化の再設計に向けた提言―各国研究者が提唱する「ハイブリッド市場」を踏まえて考える―」参照)。

電力自由化の父とも呼ばれるマサチューセッツ工科大学のポール・ジョスコウ教授はじめ複数の経済学者が提唱する「ハイブリッド市場」が最も簡潔で効率的だと考えており、システム改革の修正を行うのであれば絆創膏的な手当てではなく、抜本的にわが国の電力システムが備えるべき要件から議論すべきだろう。

日本の自由化が目指す方向性

澤氏は、電力システム改革そのものを否定していた訳ではない。戦後日本の電力事業の礎を築いた松永安左エ門が、「9電力体制は必然的なものではない」として、いずれ統合していく可能性を示唆していたことには、我が意を得たりと喜んでおられた。変革の必要性は誰よりも強く認識されていたのである。しかし、発電分野の競争は、後述するわが国の電力システムが備えるべき要件から考えて不毛な競争になることが懸念される。そのため氏は、「ユーザーへのサービスを巡る、小売りの競争を促進する政策に焦点を合わせるべき」と2012年に既に指摘している(一橋ビジネスレビュー2012年春号)。エネルギー関連の議論は供給側の目線になりがちで、これでは、需要家がメリットを実感できる制度になりづらいのは当然ともいえる。その転換を図るチャンスを、わが国の電力システム改革は逃してしまったと言わざるを得ない。

わが国の電力システムが備えるべき要件について、氏は、①冗長性を持った設備の確保、②国際エネルギー市場で伍していける購買力、③電源の多様化によるリスク分散、と整理している。これを踏まえると、送配電部門を独立させて発電と小売りそれぞれに競争させる今のモデルではなく、発電と送配電の一体性は確保し、むしろ全国に3-4社程度に集約したうえで、小売り部門には多くの企業の参入を促すべきであることは、道理だと言えよう。大規模化した発送電会社への事業規律づけが重要だが、その点のアイディアも提言されている。

こうしたアイディアを、べき論から考えて推し進めることは逆に多くの反発や現場での不整合を生む。福島の原子力事故後特殊に厳しい立場にある東京電力と、原子力発電所の再稼動で後れを取るであろうことが予想された北海道・東北が連携して、「東日本卸電力」(図表3参照)を作ることを、2012年春の一橋ビジネスレビューにおいて、私案として示している。

図3 東京電力の将来像私案(東日本卸電力構想)

電力システム改革の進展を受けて、2015年4月に、東京電力と中部電力の火力部門が合併してJERAが誕生した。しかし、その後そうした動きは生まれていない。わが国の自由化は、なぜ第二、第三のJERAを生み出せなかったのかについて、制度設計という観点からだけでなく、事業者の方たちのマインドも含めて検証する必要があるのではないかと筆者自身は考えているが、わが国の電力システムが備えるべき要件から事業体制を考えるという思考プロセスも含めて、当時の氏の提言は大いに参照されるべきだろう。

原子力発電事業環境整備について

残念ながら、わが国の電力システム改革は澤氏の提言した構想とは全く別の道をたどってきた。かつ、自由化の中で最も難しい原子力発電の扱いを後回しにして進めてきたが、原子力を担う主体、事故があった場合の賠償責任の分担の話と、電力供給システムに関する議論は同時に検討される必要がある。

原子力発電の特殊性を整理すれば、①初期投資が莫大、②安価な電力を供給するツールとして使うのであればファイナンスの手当が必要、③高稼働率を維持することが必要、といえるだろう。

発電技術の一つという位置づけではなく、長期間ぶれることの無い国の関与が必要であることから、政治的に高い次元での原子力政策の意思決定、そして、安全規制についても、安全目標の下で規制活動を進めていくことが求められる。こうした前提をもとに考えられたのが、図表4に描かれた「原子力政策課題総合解決枠組み」である。

図4 原子力事業の政策課題に関する総合的解決の枠組み

残念ながら、政治的に高い次元での原子力政策の意思決定も、安全目標をベースとした予見性ある規制活動も、いまだ十分ではない。「原子力政策大綱」は福島原子力発電所事故後廃止され、代わりに「原子力利用に関する基本的考え方」が策定されるようになったが、位置づけ・重みともに十分とは言い難い。また、原子力安全を考える物差しとも言うべき安全目標の設定もできていない。本シンポジウムにも登壇いただいた山口彰先生を囲む研究会メンバーと「『安全目標再考』―なぜ安全目標を必要とするのかー」を公表したのは2018年のことだ。

しかしこうした議論は、原子力関係の方々だけに委ねるものではない。原子力の平和利用を目指す社会の一員であり、特に、電力政策にかかわりを持つ関係者が自分事として議論に参画する必要があるだろう。

政府は昨年2月に閣議決定した第7次のエネルギー基本計画において、「原子力依存度の低減」という言葉を削除し、原子力の新増設を含めその活用に舵を切る方針を明示した。それは福島の復興が前提であるし、原子力のファイナンス問題を解決する事業環境整備、損害賠償制度における官民でのリスクの再配分、バックエンド問題の進展、原子力安全規制の改善、立地地域の理解と安心の獲得に向けての国の関与の強化、原子力事業者による不断の自主的安全性向上の取り組みなど、難題が山積している。

本シンポジウムの直前に、中部電力株式会社浜岡原子力発電所において、原子力規制対応に関わる極めて残念な事象が発生した。今後第三者委員会によって、組織のガバナンスについては徹底した調査が行われることになると思われるが、安全規制についても振り返る機会となることを期待する。

まとめとして

生成AIとの共存が前提となり、潤沢で安定的な、そしてできれば脱炭素の電力をどれだけ確保できるかがその国の競争力を大きく左右するようになった。澤氏が電力政策に関する提言を行っていた当時よりも、電力の重要性は増している。

各氏の基調講演に続いて行われたパネルディスカッションでは、次世代の電力産業のあり方について広範な議論が行われ、GX戦略地域制度の核として電気事業が新たな役割を果たしていくことへの期待も示された。しかしそうしたより良い次世代のシステムを構築していくには、俯瞰的な議論と現実的な検討とを連携させながら進める必要がある。3学会共催のかたちで開催された本シンポジウムが、立場を超えた議論を進める契機になればと期待している。

最後に、この場をお借りして、本シンポジウムの開催に協力をいただいた各学会の皆様、協力・協賛を頂いた電気事業連合会様、日立製作所様、東芝エネルギーシステムズ様、運営協力を頂いた電気新聞様、エネルギーフォーラム様、ウェッジ様、後援の国際環境経済研究所にも心よりの御礼申し上げます。2月16日に、電気新聞に本シンポジウムの総括が掲載予定なので、そちらの記事もぜひ参照ください。

パネルディスカッションの様子

参考文献

澤昭裕[2012]、「電力システム改革―小売りサービス多様化モデル」、一橋ビジネスレビュー2012年春(59巻4号)
弥生研究会[2018]、「『安全目標』再考―なぜ安全目標を必要とするのか?―」
竹内純子[2023]「電力自由化の再設計に向けた提言―各国研究者が提唱する「ハイブリッド市場」を踏まえて考える―」(環境管理2023年7月号)
竹内純子[2024]「わが国の電力システム改革はなぜ行き詰っているのか どう改善していくべきなのか― 電力・ガス基本政策小委員会でのヒアリングを踏まえて ―」(環境管理2024年4月号)
竹内純子[2026]「変革期の電力システムを支える市場設計の再構築― IEA「Electricity Market Design」レポートの日本への示唆―」(環境管理2026年1月号)
*上記3点は国際環境経済研究所ウェブサイトに転載済み。
公益事業学会 2026年1月27日「公益事業学会・日本原子力学会・電気学会共催シンポジウム(2026/1/16開催)の講演資料等を掲載しました。」