イーロン・マスクもぶつかる電力供給の壁
米国はDC建設ラッシュで地域トラブル表面化
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EP REPORT 2025年10月1日 21155号」より転載:2025年10月1日)
IT企業オラクルの株価が急騰し、共同創業者のラリー・エリソン氏が、テスラCEOのイーロン・マスク氏を抜き一時的に世界一の富豪になった。オラクルの株価上昇はデータセンター(DC)の需要増によるものだ。皮肉なことに、陥落したマスクは保有するAI企業のxAIがテネシー州に設置したAI用最大規模のDC向けの電力供給で苦労し、これが全米の話題となった。
同州中央部のスマーナに日産自動車の工場がある。州西部に位置するメンフィスはエルビス・プレスリーの生誕地として有名で、全米の凶悪犯罪発生率1位という不名誉な記録も持つ。東京都の人口に置き換えると毎日15件以上の殺人があり、700台自動車窃盗がある計算になる。
そのメンフィスにxAIがDCを新設した。なぜメンフィスだったのだろか。同州の7月の産業用電気料金は1kW時当たり6.75セントと、競争力があることも理由だろう。最近多くの州で広がるDC新設への反対運動を避け、短期間でDCが設置可能な土地を選んだためだろうが、それでも反対運動は起きてしまった。
「NIMBY」扱いに
2月に発表されたDC設置に関する米国の世論調査では、93%がDCを支持するとしたが、住んでいる町に新設される場合の支持は35%に落ち込んだ。NIMBY(我が家の裏庭には立てないで)施設とみなされているようだ。
DCに反対する動きは活発化している。 反対理由は地域で異なるが、共通しているのは、前回の本レポート(2147号)でも触れた電気料金上昇への懸念だ。 DC用の電力関連設備新設の費用は全消費者に負担が求められ、電気料金上昇を引き起こす。 既に、DCが増えている地域では電気料金上昇が始まっている。
一部の州政府は、DC事業者に設備費用の負担を求める法を導入した。電気料金の上昇を避けられるが、それでも反対運動はある。 DCが水を大量に使用し、用地のために森林が伐採されるからだ。 調査によると、エネルギー消費に懸念を持つ比率は「大きく懸念」が39%、「ある程度」が43%だ。水への懸念は、それぞれ39%と42%、土地利用では30%と46%となる。
反対運動で撤回・遅延も
米国の多くの州にDC反対運動推進団体がある。トランプ大統領がAIのためのインフラ推進の大統領令を発出したにもかかわらず、DCを巡る見解は党派性がないことが特徴で、共和党と民主党支持者の比率はほぼ半数とされる。
草の根の運動や、自然保護活動で著名なシエラクラブなども反対活動を展開する。 DC銀座のバージニア州には、反対に特化したDC改革連合と呼ばれる団体もある。 反対運動は過去2年間に多くのプロジェクトを撤退あるいは遅延に追い込んできた。
反対団体は、ロビー活動、議会への請願、マスコミを通じた意見表明などでDCの計画を撤回に追い込み、遅延を引き起こしている。 反対活動で撤回された事業の投資予定額は180億ドル(2.7兆円)、遅延した事業は460億ドル(6.9兆円)に達するとされる。 バージニア、テキサスなどDCが多く立地する州での事業計画が強い反対を受けている。
テネシー州では活動はあるものの、影響を受けた事業は今のところない。行政の支援も立地に際して重要であり、メンフィスはマスクのDC誘致を大きく支援した。しかし、そのために設置された発電設備が大気汚染を引き起こした。
ガスタービン設置でトラブル
xAIは、大手テック企業の生成AIと比較し出遅れている。マスクがxAIを設立した理由は、保有するスペースXとX(旧ツイッター)事業と、AIとの相乗効果を狙ったとされる。大規模言語モデルに基づいたxAIのチャットボット・グロッグのトレーニング用にDCが必要だった。一方、メンフィス市はこれまで雇用創出の狙いもあり補助金を出し企業を誘致してきたが、あまり根付かなかったようで、いくつかの企業の撤退もあった。
そんな土地に目を付けたのがマスクだ。同市当局の協力を取り付け短期間でのDC開設に漕ぎつけた。DC用の電力供給については、地元のメンフィス・ガス・ライト・アンド・ウォーターと5万kWの供給契約を締結したが、電力供給が大きく不足した。急速35基のガスタービンにより合計42万1000kWの発電設備を設置し、必要な電力を確保した。
ところが、ガスタービンからの排気が適切に処理されず窒素酸化物が出ていると地域で騒ぎになり、世界一の富豪が引き起こしたトラブルという話題性ゆえに、全国規模の報道で取り上げられたのだ。DCの設置が低所得の住民が多い地区ということもあり、大富豪対貧困層との視点での報道も見られた。
DCには電力確保が必須だ。当然マスクも分かっていたはずだが、建設を急ぎ、電力の恒久的な手当てが間に合わなかったのだろう。マスクはメンフィスに2基目のDC用の土地を取得済みだが、電力供給を暫定的にガスタービンで賄うのではとみられている。DC建設時は、反対運動を避けるためにもまず競争力のある料金で安定的な電力供給を手当てする必要性を、マスクは改めてDC事業者に教えたのではないだろうか。













