リチウムイオン電池問題を考える(I)


東海大学学長補佐 政治経済学部経済学科教授

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はじめに

今、使用済リチウムイオン電池が物議をかもしている。リチウムイオン電池を内蔵した製品が使用済になった時、一般廃棄物の中に混じって処理され、その結果発火による事故が後を絶たないのだ。その被害額は、2018年から2021年の4年間だけで111億円に上るという(NITE 2023)。それだけではない。市町村などの廃棄物処理プロセスが止まってしまい、ごみの適正処理に大きな支障が出ているのである。

実は、使用済みリチウムイオン電池の発火による問題はかねてより指摘されていた。加圧、破砕、落下などにより発火し、火災になり得ることは10年近くも前から指摘されていたのだ。筆者も廃棄物処理・リサイクルに関する審議会等でこの件について発言したと記憶している。だが、行政もマスコミも長らくこの問題を等閑視したままだった。ここに来てにわかに問題視されるようになったのである。

遅きに失した国の対応

最近になって、使用済リチウムイオン電池の処理に起因する火災などの問題があまりにも深刻になったため、国もようやく重い腰を上げた。環境省は本年(令和7年)の4月に、使用済リチウムイオン電池の適正な取り扱いについて自治体に通知を出した1)。この通知では、市町村は、使用済リチウムイオン電池の分別回収、適正保管、適正な処理業者への引き渡しをすべきことが指示されている。

だが、次の項で述べる通り使用済リチウムイオン電池については根本的な経済社会問題が絡んでおり、このような通知で適正回収、処理・リサイクルが担保されることは極めて難しい。実際、自治体の担当者からは「国はせめて適正処理できる事業者を示してほしい。施設許可を取っているところが見つからない」という嘆きの声が聞こえてくるほどなのだ(細田 2025)。

こうした事態に鑑みて総務省は本年(令和7年)6月、環境省と経済産業省に対して、使用済リチウムイオン電池の取り扱いについて対応を要請した。2)その中身はかいつまんでいうと、(1)[回収した使用済みリチウムイオン電池の適正保管方法/破損・膨張製品の適正処分方法/メーカーによる自主回収の取り組み状況]などに関する自治体への情報提供(2)メーカーによる自主回収対象品目の追加(3)住民の排出状況の実態解明の推進の3点である。

今般改正された資源有効利用促進法において使用済みリチウムイオン電池は指定再資源化製品に指定され、認定を受けた事業者は廃棄物処理法の業の許可を不要とする特例措置が適用されることになった。また、総務省の以上要請を受けて、産業構造審議会産業技術環境分科会資源循環経済小委員会は、モバイルバッテリー、携帯電話、加熱式たばこの3製品について製品自体の回収、再資源化を義務付けることを決定し、本原稿執筆段階でパブリックコメントを待っている状況である。また、その他の製品(例えば、電気掃除機や電気かみそり、ハンディファンなど)についても、同様の指定をすることが検討中である。

以上の施策は極めて的確であり、厳格に進められるべきなのだが、実際これらの施策・措置にどれくらいの実効性があるかというと、疑問が残ると言わざるを得ない。以上の点をクリアするコトは容易ではないが、クリアできたからと言って使用済みリチウムイオン電池及びそれを内蔵した製品の適正回収、処理・リサイクルが進むとも思えないのだ。以下述べるように、効率的で経済的な回収システムをどう実現していくか、そして高度なリサイクル技術をどう実現するか、そのような制度だけでは対応できないところが多くあり、より具体的なスキームを構築する必要があるからである。

何が問題なのか:市場経済の根本問題

では一体何が問題なのだろうか。それを3つの点で考えてみよう。まず、第1の問題、それは廃棄の費用を考えない生産と販売そして消費という現代経済の根本的欠陥である。プラスチックの場合もそうだが、リチウムイオン電池及びそれが内蔵された製品の場合も、便利なゆえに消費者は喜んで製品を購入する。すると大量に売れるから利益が上がり、生産者も販売者も喜んでより多くを生産・販売しようとする。しかしそこには廃棄の費用は一切カウントされていない。いうまでもなく、適正処理・リサイクルをするには費用が掛かり、誰かが支払い負担しなければならない。その費用が市町村や廃棄物処理業者に押し付けられているのである。

リチウムイオン電池は2019年のノーベル化学賞受賞対象となるほど評価の高い発明品であった。しかし、それはあくまでも生産・販売・消費の動脈経済の面からの評価にしか過ぎず、静脈側の問題を全く考慮していない。ノーベル賞も廃棄の費用を考えないということなのだ。だが、それが廃棄されたときに困るのは生産物連鎖の下流にいる市町村の廃棄物担当者、廃棄物処理業者、そしてその対応に知恵を絞る研究者なのである。使うときには便利だが捨てるときには困る、しかしその「困る費用」が市場経済には出てこないのだ。

第2の問題は、リチウムイオン電池内臓の製品を生産する生産者が、市場に自由に参入し市場から自由に退出できるということである。実は、動脈経済だけを考えたとき、匿名性を持った生産者の自由な参入・退出は、資源配分の効率性を保証する条件の一つであり、望ましい条件なのである。だが、静脈経済を考えたとき、この条件は逆に作用する。すなわち、資源配分の効率性を阻害することになるのだ。なぜか。

動静脈経済を合わせた全経済で、廃棄物処理・リサイクルなども考慮して資源配分の効率性を実現しようとした時、生産者を特定して彼らに自分の生産した製品の使用後の段階に責任を負わせることが必要になる。廃棄の費用が生産・販売・消費段階に反映されることによって、真の費用が経済計算に反映されるからである。環境配慮設計も促進されると考えられる。拡大生産者責任(EPR)などに代表される責任制度が必要になるわけだ。EPRなどを適用するためには生産者をある程度特定する必要があるのだが、責任対象となる生産物の種類が多い上、関連生産者・販売者の数も多く、さらに市場の出入りが自由なリチウムイオン電池の場合、EPRを課すことが実際難しいのである。

第3の問題、それは使用済リチウムイオン電池が、いつどこで誰がどのような形で排出するのか、情報が散逸しているために効率的な回収、収集運搬ができないということである。そもそもリチウムイオン電池とはなにか、どのような問題が起きるのか、どの製品に入っているのか、多くの消費者は知らない。だから何も知らずに使用済リチウムイオン電池を一般廃棄物の中に入れて捨ててしまうのである。そのような状況では、分別回収しろと言われても市町村も困るばかりなのだ。市町村が分別排出・回収のためのチラシを配ったとしても、それを丹念に読み込み理解する消費者は残念ながら多くない。

さらに情報にまつわる問題がもう1つある。それは、状況に応じた安全な保管方法はどのようなものか、発火などが起きたらどのように対処すればよいのか、適切な静脈物流方法はどのようなものか、行政さえ情報を持ち合わせていないということだ。加えて、先に自治体の声として紹介したように、適正な処理事業者が誰かについても確かな情報がない。国は、それが環境省であろうと経済産業省であろうとまた総務省であろうと、責任の押し付け合いをしている場合ではなく、連携協力して以上に挙げた情報を集約し、適正処理リサイクルが少しでも早く実現するように努力すべきなのである。そのひとつのアイデアを、次に紹介する。

脚注

1)
https://www.env.go.jp/content/000307249.pdf
2)
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/hyouka_250625000182854.html

参考文献

NITE News Release(2023)「「ごみ捨て火災」、被害は100億円超え!~充電式電池は正しく捨てましょう~」独立行政法人製品評価技術基盤機構(2023年6月29日).
細田衛士(2025)「リチウムイオン電池問題なぜ今さら」『オルタナ』No, 81、p.49.

※続きあり(II)