インフラ再構築へのビジョン


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「電気新聞 本棚から一冊『出でよ電力イノベーター』」より転載:2025年5月23日)

電気学会社会連携委員会が編者であるにしては、熱のこもったメッセージをタイトルとして冠する本書は、過去に学び将来を構想するという二部構成を採る。電力システムは人体にも似ている。さまざまな臓器や血管、骨などの要素が複雑に絡み合うため、どこかに問題を抱えていてもそれがすぐに顕在化するわけではない。気軽に制度改正をして、課題があれば修正するということがしづらいだけに、過去や他国の例に学ぶことは極めて有効だ。

本書は、第一部で電気の時代を切り拓いたインサルの公益思想や松永安左エ門が築いた日本の電気事業体制、そして「インサル=松永モデル」を解体した電力自由化の思想をジョスコウの構想を含めて正確にたどっている。紙幅の3分の2以上が歴史的考察に割かれているのは、未来の社会像を託すイノベーターに対する著者の期待の裏返しであり、過去の文脈を欠いた制度論が空洞化するという警句でもあろう。私自身、原子力事業体制の検討に着手する際、壱岐の松永安左エ門記念館を訪ね、彼の壮大な電気事業構想を起点に歴史を遡った経験があるが、過去に学ばなければ新たな構想は描き得なかったと断言できる。

技術革新と制度設計の相互作用により技術の実装は進む。グリーン化とデジタル化が加速する今、電力は通信・モビリティーと結節し、多層的なインフラへ変貌しつつある。物理設備への莫大な投資が不可避であるがゆえに、時間軸を意識した共有ビジョンが重要であるし、公益事業として応えるべき課題を明確にすることが求められる。本書が掲げる「グリーン×デジタル」のビジョンは、その課題への具体的羅針盤となり得る。例えば現在の広域連系系統のマスタープランに対して強い懸念を示す。再エネ変動を市場メカニズムで吸収する、あるいは、再エネとデータが融合したインフラとして価値を交換する未来を構築していくことを強く推奨している。

余談だが、拙著『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』をエネルギー、電力に関する参考書としてコラムに取り上げていただいたのは嬉しい驚きだったし、昨今のエネルギー問題の対応を誤れば「第三の敗戦」になるとした危機感を共有いただいたことには安堵にも似た気持ちを抱いた。本書を羅針盤に、日本のインフラ再構築に取り組む電力イノベーターが一人でも多く立ち上がることを期待しているし、自らもその一人でありたいと思わされた。



・タイトル:出でよ電力イノベータ グリーンとデジタルの先へ
・著者:松田 道男大来 雄二 著 一般社団法人電気学会 社会連携委員会
・発売日:2025/03/18
・発行元:電気学会・通信教育会
・出版社:オーム社
・ISBN:978-4-88686-325-6

 

 

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