ウイルソン主義の終焉 ―温暖化の理念的理想主義も危機にー
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
(「月刊エネルギーフォーラム 2025年5月号」より転載:2025年5月1日)
トランプ大統領はパリ協定からの脱退を表明した。WHO(世界保健機構)への資金削減など、戦後の自由主義的な国際的枠組みから離脱しようとしている。
戦後の国際的フレームは、第一次世界大戦後に国際連盟を提唱した米大統領ウッドロウ・ウィルソンの理想主義に基づいている。国際連盟は米国の反対で失敗したが、第二次大戦後、戦勝国は紛争解決の仕組みとして国際連合を設立し、IMF(国際通貨基金)などの国際協調制度も作られた。
しかし現在、国連安全保障理事会は、中露の反対で機能不全となり、WTO(世界貿易機関)もパネルが開催されない状況で、トランプ氏は国際的な安定よりも米国の利益を優先する姿勢を鮮明にしている。
ウオールストリートジャーナル誌コラムニストでもあるウオルター・ラッセル・ミードは、米国の外交政策を四つの類型に分けている。国際主義の理想を掲げたウイルソン大統領、米国の産業・ファイナンスの力による世界秩序を主張した建国時の財務長官ハミルトンの国際主義に対して、独立戦争の指導者ジェファーソン大統領は海外へのコミットを避け、ポピュリストのジャクソン大統領は米国中心主義を唱えた。トランプ氏が執務室にジャクソン氏の肖像を飾っていたのは偶然ではない。
われわれは、戦後の自由で開かれた国際協調体制の恩恵を受けてきたので、一国主義の考え方には違和感を覚える。しかし、米国の外交政策において、ウイルソン主義は、あまりにも理想主義的であり、必ずしも一般的ではなかった。
ところが、戦後の米ソ対立、さらにソ連崩壊は、法の支配、自由主義経済のウイルソン主義を「歴史の終わり」(F・フクヤマ)として、欧米に自信をもたらした。
温暖化対策においても、欧米主導の理念的理想主義がデファクト・スタンダードとして、世界をリードしてきたのも同じ発想である。
ここに新たな挑戦者が現れた。中露の台頭である。自由で開かれた世界秩序に対する挑戦であり、トルコやハンガリーの独裁者が続く。
西欧においても、反移民などのポピュリスト政党が勢力を伸ばし、米国もトランプ氏がウイルソン主義に反旗を振るう。
この時期に、先述のミード氏が
”The End of the Wilsonian Era” (Foreign Affairs 2021)という論文を発表したのも当然だ。
戦後の自由で開かれた国際秩序は、ある時代特有の考えである。100年前、第一次大戦後の困難の中でヒトラーが登場したが、現在も各国は国際的理想主義を捨て、自国の利益を優先する時代を迎えつつある。
温暖化問題は、冷戦終結後の戦争のない平和な時代の産物である。EUは、ウクライナの防衛強化が必要となり、二者択一として温暖化対策予算の削減を迫られるかもしれない。