紙ストロー問題はなぜすれ違いが生じたか 科学リテラシーの観点から


金沢星稜大学 総合情報センター 准教授

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 大手コーヒーチェーンであるスターバックスが、2020年から導入していた紙ストローの提供を2025年から廃止し、順次バイオプラスチックストローに変えるという。紙ストローの使用感がイマイチであったこともあり、各種情報を見る限り、日本の一般消費者にもかなり好意的に受け止められているようだ。
 2015年ごろ海洋科学者らによって、鼻孔にプラスチックストローが刺さったウミガメの動画が公開され、その反響等から、世界的に反プラスチックストロー運動が広まった1)。同時期に、海洋プラスチック問題に関する論文がScience等で掲載されたり2)、SDGsのようなスローガンの社会的な広まりもあったことで、“より環境に配慮された紙ストロー”といった謳い文句が急速に浸透してきた印象だ。

 一方で現在、前述のスターバックスのような「脱、紙ストロー」の動きも世界的に広まりつつあり、たとえば米国のトランプ大統領が連邦政府機関での紙ストロー使用を廃止したのは記憶に新しい。その理由として、そもそも紙ストローのほうがプラスチックストローよりも環境に配慮されている、という前提自体に疑義が生じていることがあり、日本でも消費者の意識に「ボタンの掛け違い」があることが指摘されている3)。個人的にも、ストローの刺さったウミガメといった質感の伴う被害者の存在や、「環境によい」という言葉・概念の主語の大きさが、一般市民の認識や社会全体にある種の錯覚を引き起こしたのではないかと考えている。この点について、筆者の専門とする科学リテラシーの知見を参考にしつつ、もう少し詳しく述べていく。

 鼻孔にストローが刺さったウミガメの動画は確かに痛々しく、閲覧した際に筆者も非常に悲しい気持ちになった。しかしこれがプラスチックストローに固有の問題かというとそうではない。突起状の自然物などでも起きうるし、ストロー以外のごみでも生じる。「プラスチックさえなくなれば問題解決」といった単純な構図ではないのだが、多角的に考えるのは認知的な負荷が大きく、どうしても直観的に「なんとなく環境に悪そうなもの」と思いがちなプラスチックに原因を求めてしまう。痛ましい事例を解決するための答えは、あのウミガメの動画には映っていないのである。

 センセーショナルな情報は関心を引く一方で、認知のひずみ(=認知バイアス)を引き起こしやすく、それが科学的に妥当な判断の妨げになりうる。科学という方法論がこれまで尊重されてきたのは、観察者や評価者の主観を可能な限り排除するべく工夫を重ね、客観的な事実を明らかにしたり、事象の因果関係を究明することを至上命題として発展してきたからであるが、トピックそのものに感情や信念が強く絡む場合、なかなか実践が難しい。もともと海洋プラスチック関連のトピックでは古くから、海洋生物の痛ましい姿を強調するような情報がメディア等でも報じられる風潮があったようだ4)。「海洋プラスチック問題のみを梃にしてプラスチック資源循環を進めようとすれば、どこかで必ず論理破綻を招く。海洋プラスチック問題は適正回収と適正処理の問題である」ことは、専門家からも指摘されているが5)、環境関連トピックにおいては、政治的な立場による選好や態度の極化が特に強い。実際、米国の共和党支持者と民主党支持者のあいだでは、基本的な知能やパーソナリティに差異はない一方、気候変動問題に関して、共和党支持者では懐疑的な見方をしている人のほうが批判的思考などの内省的な思考スタイル度合いが高く、民主党支持者ではその逆を示すこと(気候変動問題に親和的)が明らかになっている。こうした、自身の選好している仮説を捨てたがらない傾向は「マイサイドバイアス」と呼ばれ、これを完全に克服することは難しいことが多くの研究から明らかになっている6)

 また、「環境によい」というフレーズの多義性もあいまって、紙ストローの優位性を示した実際の検証データがほとんどないことも問題だ。科学は、大きく仮説(理論)と検証(データ)のサイクルによって成り立つ方法論であり、科学の考え方では「立証責任」は主張する側が負う。紙ストローを正当化するためには、導入によって環境が改善したなどのデータが必要であるが、筆者の調べた限りでは有力な知見を見つけることができなかった。むしろ、LCA(Life Cycle Assessment)に基づき各地域を評価した研究などからは、プラスチックストローのほうが環境全般への影響に優位性があることが示されているため(この点について、拙稿にていくつか紹介している7)。興味がある方はご覧いただきたい)、これまで急速に紙ストローが普及してきたことを素朴に疑問に思ったほどである。

 科学は価値中立であるため、科学的な知見がどうであれ、紙ストローに価値を見出すという考え方もありうるが、紙ストロー議論を含む環境問題全般においては、「なんとなくよさそう」といった雰囲気で社会が進む傾向が強いように感じられる面もある。もちろん、科学は万能の魔法ではないが、科学的な知見を意思決定の際に有効活用できるように、一般市民のリテラシーの向上は重要であろう。

1)
TIME (2025): “What to Know About the History and Controversy Over Plastic and Paper Straws” (https://time.com/7221487/trump-executive-order-paper-straw-ban-government-plastic-environment-explainer/)
2)
Jambeck J.R., et al. (2015): “Plastic Waste Inputs from Land into the Ocean,” Science 347 (6223), pp.768–771 (https://doi.org/10.1126/science.1260352)
3)
紙ストロー化の波、本当にエコなのか?“プラストローよりもCO2排出”の調査結果も | from AERAdot. | ダイヤモンド・オンライン
4)
石川雅紀(2019):「もつれたマリンプラスチックごみ問題を解きほぐす」国際環境経済研究所(https://ieei.or.jp/2019/06/expl190607/
5)
中谷隼(2019):「プラスチック資源循環と海洋プラスチック問題」『環境経済・政策研究』,Vol.12,No.2,pp.81-84
6)
キース・スタノヴィッチ(2024):『私たちを分断するバイアス~マイサイド思考の科学と政治』誠信書房
7)
紙ストローとプラストロー、「環境によい」のはどっち?トランプの大統領令は“妥当”なのか、科学的に考えてみた(Wedge(ウェッジ)) – Yahoo!ニュース