電力の非化石化をどう進めるか ー FIT非化石証書の課題 ー
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「産業環境管理協会 「環境管理」2025年3月号 vol.61 No3」より転載:2025年3月10日)
パリ協定成立以降、カーボンニュートラルが世界の共通目標となり、わが国もさまざまな国内制度によりこれを達成しようとしている。しかし、グリーンにはコストがかかる。
わが国の基幹政策であるGXを進めるには、適切な投資を確保する必要があるが、投資の主体(GXの推進主体)が国から民間企業に広がるとともに、環境価値が製品の性能の一つとして考えられるようになりつつある。
企業が負担したコストの分だけ、その製品・サービスの評価が上がり、消費者に選択されるようになるのであれば問題はない。しかし企業は当然の行動原理として、できるだけ小さなコストで、できるだけ大きなイメージ向上を狙う。
製品の性能表示の偽装が許されないのと同様、消費者の正しい選択を促すには、環境価値についても公正・明快に示すことが必要だ。そのための制度設計はどうあるべきなのか。FIT非化石証書を例に、考えてみたい。
非化石価値取引市場創設の経緯
わが国のCO2削減を進めるには、電源の低炭素化・脱炭素化が重要になる。経済産業省が2015年当時に描いていた長期エネルギー需給見通しは、2030年度に再生可能エネルギー以下、再エネ)が22~24%、原子力が20~22%であり、再エネと原子力をあわせた非化石電源比率44%以上にすることを目指していた。
この目標の達成を確保するため、エネルギー供給構造高度化法(以下、高度化法)によって、電力小売事業者に対して2030年時点の販売電力に占める非化石電源比率を44%以上とすることを求めた。しかし、再エネ・原子力といった非化石電源を持たない事業者や取引所取引の割合が高い新規参入者にとって目標達成は困難であることから、小売事業者を市場参加者として、「非化石証書」を売買する「非化石価値取引市場」が創設されたのである(表1)。初回オークションは、2018年5月に行われた。
市場で取引されるのは、FIT電源由来のFIT証書、大型水力や卒FIT電源由来の非FIT証書(再エネ指定)、原子力や廃棄物由来の非FIT証書(再エネ指定なし)が想定され、FIT証書については、取引市場での証書販売収入をFIT賦課金から控除することで、電力需要家のFIT賦課金負担軽減に利用されるので、電力需要家にもメリットがあるというのが経済産業省の主張であった。
当初は、電力小売事業者の高度化法上の義務達成を補助する制度として創設されたが、その後、再エネ利用による環境ブランディングを目指す企業から、再エネ価値を確保する手段の確保について要請が強まった。そのため2022年、従来の非化石価値取引市場が「再エネ価値取引市場」と「高度化法義務達成市場」に再編され(表2)、前者の再エネ価値取引市場では、製品の「グリーンブランディング」を目的とした電力需要家、「グリーン電力メニュー」のラインアップを目的とした小売電気事業者を対象にFIT証書が販売されることとなった。サプライチェーンがグローバル化するなかで、顧客や投資家からは脱炭素化や再エネの利用拡大を求められるものの、わが国では電力需要家の再エネ電源へのアクセスは難しい。わが国産業の国際競争力にも直結するので、FIT電源による非化石価値を需要家が直接市場で購入できることとしたのである。
さらに、FIT証書については、需要家からの「安価に」という要請をうけて、従来の諸所下限価格1.3¥/kWhを0.3¥/kWh(後に0.4¥/kWhに変更)に引き下げるとともに、RE100の要求事項であるトラッキングも可能とすることとされた(図1)
入札結果と見えてきた意義・課題
こうした制度の中で筆者が注目するのは、FIT非化石価値証書の取引だ。FIT制度によって買い取られた電力量全量分の証書を発行し、年4回オークションを実施している。結果は表3にまとめた通りだが、現時点では売り入札に対して買い入札が圧倒的に少ない状況から、約定価格は最低価格(0.4¥/kWh)に張り付く状況が続いている。
FIT非化石証書の意義は、第一に、系統電力を利用する一般の需要家が多額の賦課金を負担することで獲得した環境価値の有効利用だということだろう。現在国民が負担するFIT賦課金は、年間約2.7兆円にも膨らんでいる。それは再エネの電気を、他の電源の電気よりも高く買い取るための負担であり、再エネの環境価値は賦課金の負担者のものになるが、それを有効に活用する需要家はほとんどいない。そして、FIT非化石証書の販売益は、FIT賦課金の低減に利用されるので、需要家の負担軽減策になると期待されたのである。そして第二の意義は、FIT非化石証書の調達により安価にグリーンを達成することができれば、購入企業の競争力強化に貢献する。第一の意義で述べたように、FIT賦課金の負担と引き換えに環境価値を手にするのは、系統電力の利用者だが、その価値が有効活用されることはほとんどない。この環境価値を顕在化させ、再エネの利用を求められて苦慮する日本企業に活用してもらうことは、わが国の経済にとってプラスになると考えられた。
しかし残念ながら課題もある。第一に指摘すべきなのは、この証書を購入しても再エネ拡大や省CO2を促進する効果はないということだろう。FIT制度によって一度買い取られた非化石価値の再販売に過ぎないからだ。経済産業省は制度検討時、RE100事務局(CDP)と協議し、Guarantee of Origin(GO;エネルギーの属性、すなわち、いつ・どこで・どんな方法で生成されたかを証明する証書)が明確であり、かつ、そもそもFITが再エネの導入を追加的に実現していることから建設後15年以内の設備であれば「適格」という、いわばお墨付きを得たうえで進めたわけだが、わが国の掲げる大幅な再エネ導入という政策を推進する機能はないことは意識すべきだろう。
第二に、こうした安価な証書は、実効的な対策を阻害し、グリーン・ウォッシングを助長する恐れがある。再エネ証書を購入すれば、温対法上の企業の排出量削減や製品のカーボンフットプリントの低減を主張することができることから、企業にとっては、証書価格以上のコストをかけた省CO2対策を行う経済合理性はなくなる。わが国の産業競争力強化に向けてできるだけ安価な証書が必要であることは理解するが、安価なFIT非化石証書が、再エネ拡大や省CO2のインセンティブをくじくという構図は、政府が掲げる長期エネルギー需給見通しの実現の障壁になるだろう。
第三が、国民が負担する再エネ賦課金は何のためなのかという疑問が生じることだ。
FIT非化石証書の売り上げは、FIT賦課金の低減に充てられる。しかし2024年度のFITによる買取電力量を1,400億kWhと想定して、それが仮に全量、証書上限価格の4円/kWhで売却されたとしても、その売却総額は約5,600億円(1,400億kWh×4円/kWh)だ。全量が上限価格で売れたとしても、賦課金負担は約2.14兆円(2.7兆円−0.56兆円)残るのだ。そして、FITにより導入された再エネの非化石価値(1,400億kWh×0.66kg/kWh:火力平均排出係数=9,240万t-CO2)はすべてこの証書の購入者に移転し、賦課金を負担した消費者・企業は何ら非化石価値を得ることはできない。すなわち、FIT化石価値を受益できないにもかかわらず、高額な賦課金負担は継続されるのだ。その一方で、FIT非化石証書購入者は、安価な証書調達によって、グリーン主張や法令上の判断基準をクリアすることができる。「受益と負担の公平性原則」を踏まえれば、国民の再エネ賦課金負担の根拠が損なわれているのではないか。
疑問符の付く事例
このFIT非化石証書を活用した製品・サービスについて具体的に見てみよう。
一つ目は、東京製鐵株式会社が販売するグリーン鋼材「ほぼゼロ」だ。詳細は同社ホームページに紹介されている通りだが(図2)、電炉鋼製造時の使用電力について非化石証書を活用してCO2排出原単位を低減させたとして、1トンあたり6,000円のプレミアムを付して販売している。
電炉鋼材の場合、1トン当たりの鋼材製造に必要な電力量は600kWh程度だ。その鋼材を非化石価値証書によって「グリーン化」にするための対策コストは、証書が0.4円/kWhですべて落札されていることから、240円/t-鋼材と計算できる。(600kWh/t-鋼材×0.4¥/kWh)。240円で「グリーン化」した鋼材を、6,000円のプレミアムで販売すること自体は企業の判断であり、CO2削減が難しい鉄鋼産業における希少価値を考えれば妥当な値付けなのかもしれない。しかし筆者が疑問を覚えるのは、同社は電力多消費産業として、FIT賦課金の減免というメリットを享受しているということだ。資源エネルギー庁はFIT賦課金の減免を受ける企業について情報をウェブサイト上で開示しており、それによれば、同社の購入電力量(減免対象量)は2,057百万kWh、減免されるのは8割なので、減免総額は2,057百万kWh×3.49円/kWh×0.8=57.4億円となる。
本来であれば3.49円/kWhを負担すべきところ、それは多消費産業として減免を受け、しかしそのFIT非化石価値を0.4円/kWhで購入して自社製品のグリーン化に充てることができるというのは、さすがに制度設計のバグと言わざるを得ないのではないだろうか。
繰り返すが筆者は、日本企業の国際競争力の維持に向けて、国内で安価な非化石価値の入手が可能になるような制度設計は必要だと考えている。グリーン・ウォッシュと目くじらを立てて、企業の努力や工夫を否定したいわけではない。しかし、FIT非化石証書が再エネを追加的に導入する効果は全くないことから考えれば、例えば製品を100%グリーンにするうえで、使えるFIT非化石証書の割合を規定したりするなどの制度改善は必要ではないだろうか。少なくとも、FIT賦課金の減免を受けながら、FIT非化石価値だけを購入することは是正すべきだと考える。
二つ目が、電力小売事業者がこのFIT非化石証書を活用して「実質再エネ100%電気」を謳う事例だ。例えば東京ガスが販売する「さすてな電気」は、主な電源はLNG火力であると明記されているが、FIT非化石証書を使用することで実質的に再エネ100%であるとしている。東京電力の一般的なメニューの電気との価格差が1円/kWh以上にならないとしているが、現状非化石価値は0.4円/kWhで購入できているのだから、それが可能なのは当然だろう。消費者に、極めて安価に再エネの導入が可能であると誤認させてしまうことは、今後の再エネ拡大政策の足かせになるのではないか。
こうした商品・サービスが謳う環境性の実態を、一般の消費者が正確に理解・把握するのは極めて難しい。経済産業省は、FIT非化石価値について、国民に丁寧に説明する必要があるだろう。
海外に目を転じて、例えばAppleは自社製品のサプライチェーン企業に対して、2030年までの再エネ100%利用を要求している。2024年もスマートフォンの売り上げ台数で世界一位の座を獲得した同社のような企業が、サプライヤーの変革をリードし、再エネ導入を加速すると期待されていた。しかしその実態を見ると、再エネ投資は9%、再エネ電気調達は25%にすぎず、66%は証書購入によるオフセットである(図3)。Appleは、非化石証書の多くは中国のGECとしているが、はたしてその証書が、本当に再エネ拡大や省CO2に結び付いたものなのかは検証する必要があるのではないか。少なくとも多くの日本のサプライヤーが利用していると考えられるFIT証書については、カーボンニュートラルに向けた実効性や負担の公平性など多くの課題があることは上述の通りである。日本が典型であろうが、世界に分散する多くのサプライヤーの中には、再エネ投資や再エネ電気調達が困難なところもある。証書制度は、こうした条件に恵まれないサプライヤーにとっては必須であるが、Appleが進めるグリーンの実態は、消費者が分かりやすく把握できるようにすべきであり、国際的なルールの整備を期待したい。

図3 Appleのサプライヤーの再生可能エネルギー調達メカニズム
(Supplier renewable energy procurement mechanisms)
(出典:Apple Environmental Progress Report 2024)
まとめとして
― 制度設計に必要な視点
証書制度が、電力の低炭素化・脱炭素化が難しい地域や産業にとって、極めて重要な手段であることは言うまでもない。しかしその制度設計はどうあるべきなのか。検討に際して必要な視点を改めて整理してみたい。
第一が、わが国企業の国際競争力強化に資する(国際競争力低減を極力抑制)ことだ。
国際的な負担の公平性を確保することが必要であり、エネルギーコストがもともと高いわが国において、さらに他国との差が開くようなことにならないよう留意が必要である。
加えて、非化石電源のコストについては、統合コストを含めたうえで極力安価にする必要があり、コストの全体把握が重要であることも主張したい。
第二が、実効的な対策を促すことだ。証書制度は、政策実行の手段である。いまわが国が目指す長期エネルギー需給見通しの実現に貢献することが求められる。再エネの普及拡大や省エネの促進を政府は掲げているのであり、そうした本来の取り組みを阻害することのない制度設計が必要だ。現在政府は再エネの自立化(主力電源化)を図るべく、FIT電源のFIP移行や、PPSを促進しているが、安価かつリスクフリーに再エネ価値を調達できる手段がある限り、需要家のニーズを喚起することはない。
第三として、税の3原則「公平・中立・簡素」にも照らして、検討してもらいたい。環境価値を得るための負担は税と同様、社会の構成員としてすべき負担だと筆者は捉えている。それであれば、公平・中立・簡素な制度設計を心掛けてもらいたい。
「コスト抑制」と「実効性の確保」、そして「公平・中立・簡素な制度」とは、エネルギーの3Eのように、証書制度のトリレンマというべきなのかもしれない。安価な証書の活用により日本の産業界の競争力は維持しつつ、使える割合や比率を制限することで実効的な対策を促すなども検討の余地があろう。制度設計に正解はないが、より良い制度になるよう議論が進むことを期待したい。